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老老地獄の根底にある老親の驕りと勘違い

 過去5年間に5000件。世の高齢者からの相談を受けてみてわかったことがある。それは、人間誰しも歳を重ねれば様々な問題を抱えるものだが、彼らの苦悩の根本にあるのは親子関係の悪化だということだ。高齢者が死を自分の問題として意識するようになったときに、7割の人がもっとも懇願するのは、「いま一度、昔のようにわが子との良好な関係を取り戻したい」ということ。逆にいうと、歳を重ねるに連れ、親子関係が悪化してしまうケースが殆どということだ。印象として、特に(富裕層でなく)一般大衆層でこの傾向が顕著。

 で、親子(身内)間トラブルの元凶は、突き詰めれば多かれ少なかれお金の問題である。親は老いて尚お金に執着して手放さず、一方で介護など親の面倒を子に期待する。子にしてみればたまったもんではない。負担だけが上乗せされ身動きがとれなくなってしまう。私どもの会員にも、『子が親の面倒をみるのは当然』などと平然と言い放つ輩もいる。そんなのは100年古い。もはや時代が違うのだ。現代を生きる子どもたちは忙しいのだ。

 はっきり言おう。現在の老親世代が若かった頃。あの戦後経済の高度成長時代。兵隊から企業戦士に衣替えしたサラリーマンは、政官業の壮大なる癒着の恩恵を受けて、組織の歯車となって機械的に時間を過ごしてさえいれば、誰でもそこそこのお金を手にして蓄えることもできた。そういう時代だったのだ。老親世代が取り立てて有能だったからということではない。この点を勘違いしている高齢者が多すぎる。

 しかし現代のこの国では、有能な人でさえ、日々食べていくので精一杯。そんな過酷な毎日を生きている子どもたちに、金銭的な裏付けも示さずに『親の面倒を子が見るのは当たり前』などと言っているから、老老地獄に落ちるのだ。高齢者はもっと謙虚になる必要がある。でないと、決して穏やかな最期を迎えることはできないだろう。老後を子に依存する一方で、金銭への執着はとどまることを知らない。身勝手なことをほざく前に、親の都合で勝手に産み落とした子どもたちに対して、親が果たすべき責任と義務があるはずだ。

続く

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