おふくろさん

母子家庭で育った彼は、物心ついたときから、大好きな母に感謝し、その母に決して苦労をかけまいという意識が知らず知らずのうちに染みついていた。

小学校時代のこと。ある日の学校帰り。午後から急に振り出した大雨にも、気を利かせた母が持たせてくれた傘のおかげで、「さっすが、お母さんだ」と家路についた彼。ふと先を見ると、よそ様の家の軒下でずぶ濡れになって泣いている少女。彼はそっと近づいて、ズボンのポケットからハンカチを取り出すと少女に渡してやった。はじめは怪訝そうにしていた少女は、小さな声でボソッとひとこと、「ありがと」。彼が微笑むとちょっと時間をおいて少女も笑顔になった。彼はそのまま自分の傘を少女に与え、自分はずぶ濡れになって母の待つ家まで駆けていったのだった。

「傘を持たせてやったじゃろうに」と事情を尋ねる母に、彼は帰り道であった出来事を話した。母はバスタオルを取ってくると彼を膝に抱え上げ、「いいことしたな。困ってる友達さいたら、助けてやる。母さん、おまえのような優しい子、大好きじゃ。大きくなってもそすっだぞ」と言いながら頭を撫でるのだった。彼は小さいころから母にそうされるのがいちばん好きだった。

くしゃみをしながら母の顔を見ると、母が笑いながら続けてこう言った。「でもな、母さんの大事なおまえが風邪でもひいたらどうする?次はな、女の子の家の場所を聞いてみて、遠いようだったら、一緒にうちまで来るっさ。したら母さんが送っていってやるっさに。もしも近けりゃふたりで一緒に傘に入ってさ、おまえが送っていっておあげ。相合傘じゃ。」俯きながらモジモジする彼に、「男の子じゃろうが」と母の声。「うん!」と元気よく答える彼に母はこう続けた。「お前には、みんなに優しく、みんなを元気に励ましてあげられるような、そんな大人になって欲しいなぁ」と。

それから十数年後。大好きな母を喜ばすために、世の中の人たちに喜んでもらうためにどうすればいいか・・・。考えに考えた末に上京し歌手となった彼は、母とのエピソードを歌詞にした曲で賞を総なめにする。男女の色恋をテーマにした歌謡曲全盛の時代には異例のことだった。森進一さんの『おふくろさん』である。
 
みなさん管理職のミッションは、円滑な組織運営、目標の達成実現、部下の教育育成である。「組織は人なり」と言うように、組織発展の最大のポイントは部下の成長にあると言っても過言ではない。この「部下の成長」に大きな影響をもたらすのが、『ほめ方・叱り方』。

人は感情の生き物。みなさんの指示や指導がいくらもっともであっても、部下を動かすためにはそれだけでは不十分で、本人たちが自ら納得し、自発的に行動させることが必要。
業務の中で、意識して部下の成果や長所をしっかりと評価してほめてやり、失敗や短所を改善していく術を諭してやる。この積み重ねが部下の仕事への取り組みを前向きなものにし、組織力強化に繋がっていくのである。
 
それにしても森進一さんとお母さんの逸話は胸にグッとくるものがある。わが子をほめたり叱ったりする母の言葉には一貫して愛がある。一時の感情で喜んだり怒ったりするのではないのだ。まず熱くほめる。具体的にほめる。そんなあなたが好きだと伝える。抱き寄せて頭を撫でる。次はこうしたらもっと素晴らしいとクールに諭す。こんな人間であって欲しい。こんな生き方をして欲しい。そんな心底からの思いや願いが伝わってくる。

みなさんにも、後々まで部下の記憶に残るような言葉の吐ける管理職になってほしい。部下の成長を思う心で、若い世代にプラスの影響をもたらして欲しい。ほめるのも叱るのも、根底に愛あってこそ部下の心に響くものではないか。


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