さいごに~社会福祉士のステータスを共に・・・


 貴重な時間を割いてここまで読んでくれたアナタに、私のビジョンの一端を記載させてもらいます。

 福祉に対するスティグマ(蔑視感)-。これをどう克服するかは実に重いテーマだが、福祉界のトップに君臨する社会福祉士にとっても絶対に乗越えなければならない壁である。これがなくならない限り、福祉の世界でがんばる人たちが自分の仕事に誇りを持てない。自分の仕事に誇りをもてない人が、いつまで品質のいいサービスを提供し続けることができるだろうか?そしてまた、社会的評価イコール処遇でもあり、今福祉が置かれている特殊で特異な位置づけの元凶は、いくらひとりひとりが誠心誠意がんばっても報われない、世間の福祉というものに対する評価なのである。では、これをどう高めていくか?

 日本の長寿高齢化の現実を考えると、福祉のステータスが上がり、従来のようなスティグマの中で生きてきた福祉従事者とは全く違う新しい人材がどんどん入ってこなければ駄目。今でこそ、福祉に関心を示す若者はケタ違いに増えた。施設に行けば、茶髪や耳ピアスの兄ちゃん・姉ちゃんもいっぱいいるが彼らは純粋だ。しかし、彼らが福祉を学び、実務をこなす場が、もうすでに特殊・特異な世界なのだ。これでは、これまでの多くの福祉従事者と結局は多くは変わらない。

 今の日本では、学生時代に福祉を目指そうと決めた段階で、特殊な世界に足を踏み入れざるを得ない。すなわち、福祉専門学校、看護学校など。そこには、同じ空間に経済を学ぶ仲間も、法律や文学を学ぶ仲間もいないのだ。自身のポジションを外から客観的に見たり、他の分野との関連の中で認識することが許されない環境。閉ざされた福祉ワールドへ向けて敷かれたレールの上をひた走る以外にない世界。法学・経済学・文学等を専攻した学生が例外を除いて、決してそれらの分野で社会人とならないのと比較すると、福祉を専攻した学生たちの(就職先という意味での)ポテンシャルのなさ、選択の幅のなさは何なのか。

 経済を学んだ学生が何かのきっかけで福祉に関心を持つことは確率として考えられるが、福祉を学んだ学生が銀行や商社に進むことはまず考えられないー、というか許されない。社会に出る前の、自分の進路を決めるために他のどの年代よりも幅広くいろいろなことを見聞きしなければならない時代に、学生の段階で既に枠組みを決められてしまっているのが今の日本の福祉教育だ。これでは、みずからスティグマを抱きこむようなものだ。つまり、多くのキャンパスに、法学部、経済学部、文学部が存在するのと同じように、そこに福祉学部が存在し、そこに一時身を置いた学生も、就職段階では、普通に民間企業に歩を進められるような「ごく普通の」状況を作らない限り、いつまで経っても、福祉やそこで懸命に働く人たちのステータス、というか、周囲の目線は変わらないのではないか。

 例えば、総合的な意味において日本の大学のトップである東大・京大・慶大・早大などに、仮に福祉学部ができたとしたら、福祉の世界は他の世界と横並びになるに違いない。誤解を恐れずに言えば、まず間違いなくこれらの大学を卒業した若者がドクドクと福祉の世界に流れ込んだとしたら、福祉の世界やそこに従事する人たちの社会的評価や処遇は格段に上がると考えられる。残念ながら、形から入るしか方法はない。医学と同様、福祉は専門性が高いから・・・などという寝言は意味がない。福祉畑で来た方々は、金融や商法の専門性をご存知か?


 どの学問であっても、それをもって生業を立てようとすれば極めて専門度は深くなるもの。福祉の教育課程のみをその専門性を理由に他と分けるとすれば、それはむしろその特異性に答はあるといっていいだろう。福祉学部がどこのキャンパスにもごく普通に存在するようになってこそ、福祉の世界に対するスティグマはまずまちがいなく解消されると確信する。

 もしかしたら、私のビジョンが具現化する日は私が生きている間には来ないも知れない。しかしながら、世界に類のない長寿高齢国において、これが実現することの意義は計り知れない。どんなに富裕なひとであっても老いや死は避けられない。しかも、病院や施設のベッドではなく、街の片隅でひとり寂しく死んでいくことになる可能性は高い。それが現代日本の現実である。貧富の差なく、誰しもが通る道だ。

 高等な教育を受けた有能で優秀な若い世代が流れる水のように医療福祉界に入ってくれば、そこで働くひとたちのステータスが上がり、彼らの提供するサービスの品質が高まり、私たちも含めた利用者側の満足度も向上する。そんなサービスに関与する事業体はビジネスの成果が形となり、そこで働くひとたちのプライドが満たされる。これを医療福祉のポジティブループと呼びたい。

 これを実現するために、私はメジャーな企業群というフィルターを通して、日本全国に利用者本意の医療福祉サービスを流通させていきたい。もちろん、儲かるしくみを回しながら。そして、社会での進路を検討し始めた若者たちが、“医療福祉の世界に進んだとしたら、結構ハッピーな未来が待っていそうだなぁー” と感ずるような環境を一日も早く創っていきたいのだ。

 大事なのは、その日が来ることを信じることだろう。その信念と情熱をもって毎日を完全燃焼していきたい。

 福祉のスティグマが解消される日を信じて。

 いつの日か、永遠に来らざる日かー。

ご意見・ご感想を是非お聞かせ下さい

社会福祉士を名実共に花形資格とするために、私たちに何ができるのか。

 私の拙い文章を読んでいただいたみなさんの思いを教えてください。

 私の考え方は偏っているのかも知れません。

 しかし、心の底から思っている本音を綴ったつもりです。

 感想をお寄せ下さい。どのようなことでも結構です。

 今回ご意見をお寄せいただいたみなさまとともに、社会福祉士のステータスアップのための具体的なアクションプランを策定することを目的としたプロジェクトを是非立ち上げたい。

 これが私の当面の目標です。

 
みなさまのまわりにいる社会福祉士の方々や、場合によっては、ケアマネジャーの方々にも共鳴いただける内容かも知れません。是非回し読みしてみて下さい。実は、正規ルートで社会福祉士全体に広く発信しようとしたのですが、いやはや壁が厚かった。相当批判めいたことも言われました。
 
が、私としては、それはそれで良かったと思うのです。私が読んで欲しいのは、従来の価値観に捉われない、自由な発想を持つ若手の社会福祉士のみなさんなのですから。
 
また、みなさんの日頃の活動における具体的なご相談・ご質問がございましたら、併せて記載願います。
 
この拙いレポートが、新・社会福祉士の新しい歴史の1ページとなることを強く希望致しております。
 
どうかご一報下さい!

社会福祉士にお奨めするキャリアステップ

 
 現在、医療機関や福祉施設・介護サービス事業者等、特定の事業体に籍を置いているー。そんなアナタであれば、当面は今の仕事を続けながら、ご自身のブラッシュアップに取り組んで欲しい。アナタの場合、医療・福祉の知識に加え、現場経験という何にも代えがたいノウハウやスキルをお持ちの筈。これをビジネスコンサルティングに盛り込むのだ。   


 企画やマーケティングについてある程度学べば、おそらくアナタは利用者にとって付加価値の高い、新しいビジネスやサービスを企業に提案できるはずだ。常日頃近くで見て感じている利用者やその家族、更にはケアマネジャーやヘルパーの不便やもどかしさを、どうしたら解決してあげられるのか。そして、その解決策を講ずるためには、誰からどのようにお金を取るのがいいのか。こうしたことを考えて企業にぶっつけるのである。

 「わたしの現場経験から市場ニーズがあることは間違いない。これをおたくの会社で実践したいのだ。」といった感じで提案するわけだ。言い換えれば、アナタがアプローチする会社が抱えている顧客に対して、自分のアイデアを具現化することで利益をもたらすことができますよ!とガイドしてあげるということ。わが国の現状からして、多くの企業は、少子高齢長寿化という市場構造の変化に対応するため、ヘルスケア系のビジネスやサービスを検討していると言っていい。 

 しかしながら、医療・福祉の領域は専門性が高く、一般企業はどうしても知識・情報不足から新たな試みを躊躇してしまうということが結構あるものだ。特に、法制度に関するリスクヘッジはかなりのウェートを占める。私がコンサルをした老舗百貨店、ハウスメーカートップ企業、私鉄グループ・・・、一様にそうだった。そこへアナタが、専門的な裏づけのある斬新なアイデアを持ち込んだとして、話も聞かないということはまずないだろう。

 このようにして、できればメジャーな一部上場企業あたりにアプローチすることを強くお奨めする。なぜ大手かと言えば、規模の大きな企業ほど最終消費者に対して間隔戦を展開している(これに対して、中小企業は接近戦)ため、実は末端市場の情報に疎いため、現場を熟知しているアナタが輝いて見えるのである。そして、大企業ほどアナタの収入面にプラスの作用をもたらすことは言うまでもない。言葉は悪いかも知れないが、そんなビッグネイムの暖簾や顧客を借りて、アナタの企画やアイデアを実験してみるのが理想である。自分の立てた仮説のフィジビリティスタディをやらせてもらうのだ。

 ハッキリ言って、採用されてプロジェクトまで立ち上げてもらえたら万々歳。採用だけでも万歳三唱。不採用にされてモトモトじゃないですか!しかし、確率からいって、冗談抜きでチャンスはある。漠然と転職活動するよりも遥かにイケる。福祉の世界の方々は真面目な方が多いので念のため言っておく。面接や企画書の中でアナタが言ったことを、採用された後で実現できなかったからといって何の問題もない。世の中、状況は刻々と変わるもの。

 つまり、どういうことかと言うと、採用側が判断するのは、アナタの持ち込んだアイデアそのものではなく、企業側が関心あるテーマの周辺アイデアを持ち込んだアナタ自身ということなのだ。精緻な事業計画書もない案件に対して、「採用の面接で言っていた件、いつになったら実現できるのだ!」等と突っ込まれることは200%あり得ない。大企業であればなおさらのことだ。この感覚がもし理解できないと仰る方、恐らく一般ビジネス界で生きていくにはやはり柔軟性にかけると言わざるを得ない。

 ということで、話を戻すと、可能であれば、定常雇用(正社員)でなくてもいいから日本人なら誰もが知っている大企業と是非とも関わりを持っていただきたい。それがそのままアナタの価値になるのだから。社会福祉士であるアナタが、その技能や経験を武器に一般産業界でビジネスコンサルを行った・・・。これは大きな価値であり、これだけでもアナタの講演料はアップすることをお約束しよう。どうか騙されたと思ってこのシナリオを実践していただきたいものだ。これこそが、このレポートでお伝えしたかった第一の具体的なアクションプランなのである。


 なお、仮に今定職がなく、もし若干の時間をお持ちであれば、先述した企画やマーケティング、更にはコンサルティング技法について短期集中でトレーニングしてくれる講座があるので、受講を検討されることをお奨めする。いわゆるメディカルコンサルタントを養成する講座が巷にいくつかある筈だ。基本は3ヶ月コースで100万円、短期集中コースで1週間20万円。若干記憶違いはあるかも知れないが、確かそんな金額だったと思う。これらを活用しながら、現在アナタに足らないモノを習得しつつ、アナタの市場価値をいかに高めるかについて考えてみるといいだろう。

福祉はお金じゃない?


 コムスンが介護ビジネスに参入した時に、その商業主義的なやり方を指して、「福祉はビジネスや金儲けではない」とか、「人道的立場で社会的弱者のことを考えるべき」等という批判が主に同業者内で飛び交った。介護保険スタートから10年以上経った今ですら同じように仰っている先輩社会福祉士も結構いる。そういう人たちは、社会福祉士はボランティアとでも言いたいのだろうか。しかし、新・社会福祉士はそんな言葉に耳を貸してはならない。まずは経済的な安定を目指すべきで、それがあって初めて社会正義とか弱者救済をすればいい。


 社会福祉士であれば誰でも知っている(?)マズローの欲求5段階説を思い出してみて欲しい。人間の欲求は5段階のピラミッドになっており、低次元の欲求が満たされることで自然とより高次元の欲求が生じてくるというもので、欲求の段階は順に、生理的欲求(食欲・性欲・睡眠欲)→安全欲求(健康・経済的なもの)→所属欲求(会社・クラブ・家庭などの組織)→承認欲求(社会的認知、尊敬、表彰等)→自己実現欲求(能力、可能性の開花)となっている。

 つまり、とりあえずメシが食えるようになって多少のゆとりが出てくれば、次第に世のため人のためになることをしたくなるものなのだ。しかし、第2段階が欠落したままではボランティアさえ覚束ないということになる。「私は金儲けのために社会福祉士になった訳じゃあない」と仰る先輩方が非常に多いのだが、それはおそらく儲けられないご自身のことを正当化・合理化するために仰っているとしか思えない。フロイトが言う「防御規制」にもあるように、人間は自分の欲求不満が合理的に解消されない場合に、非合理的な適応の仕方で自分を守ろうとするものなのだ。

 更に言えば、防御規制のなかの「合理化」という概念は、自分の本当の欲求を自己欺瞞で偽り、自分がいま置かれている状況を正当化しようとするものだ。イソップ物語の「酸っぱい葡萄」がそれで、手の届かない高い木の枝にぶらさがっている葡萄を指して、キツネはこう言う。「あの葡萄は酸っぱくってまずいんだ。だから、おいら、いらないんだ。」葡萄の価値を相対的に引き下げることで、自分の欲求不満を処理しているわけで、言ってみれば負け惜しみということ。

 本当は先輩だって社会福祉士になってガンガン稼ぎたかったし、収入を増やすために奮闘していた時機もあったのだろう。しかし、実際に時間とコストをかけてみた結果、それが叶わなかった。そこで、金儲けに対する欲求と稼ぐことが出来ない自分自身のギャップを解消するために件の発言につながっていくわけだ。実にネガティブ。このような先輩方に混乱させられてはならない。まちがっても、「社会的に不遇なお客様だから、お金を取ってはいけないのでは・・・」等と考えてはいけない。この点は非常に大切なことなので十分に気をつけていただきたい。

社会福祉士がもっとも活躍できる市場


 ここまでの話で、「新・社会福祉士は、医療・福祉分野のビジネスコンサルティングを実施できる可能性を秘めた唯一の国家資格保有者」ということをご理解いただけただろうか。ここで、可能性を秘めた・・・と自嘲気味に言っているのは、社会福祉士はこれまでの過程で、おそらくコンサルティング技法やマーケティングについての知識修得を殆どやっていないからである。この部分をマスターすれば、「
新・社会福祉士=国が認めた医療福祉ビジネスコンサルタント」としてもまんざら嘘にはならない。

 従って、これからは社会福祉士が一番意識しなければならない競争者は、ズバリ、経営コンサルである。マッキンゼー、ボストン、ADL等のそうそうたる外資系戦略コンサルファーム、会計系と称されるプライスウォーター、アンダーセン等。日本でいけば、野村総研、日本総研、三菱総研・・・等となる。


 これらとまともに戦ったのでは話にならない。医療福祉分野に特化すれば知識も経験もこちらが上と言い張ってみたところで、彼らが本気で学ぼうとすれば簡単に追いつかれてしまうだろう。それぐらい有能で要領のいいヤツの集団である。とすると、彼らに絶対にマネのできない社会福祉士の強みがあるか?あるのです!ズバリ、コンサルティングフィーがそれ。40歳で年俸2000万円以上がゴロゴロいるのがコンサルティング業界である。

 ちょっと考えればわかることだが、彼らがそんなに高い給料をもらっているということは、彼らの顧客(クライアント)が高い料金を支払っているということで、要は単価が高いのだ。1人月500万円から1000万円が相場で、時給換算すると、5万円から10万円になる。(コンサルの世界では、通常1人月と言えば、ひとりのコンサルタントが20日間稼働することを意味する。同様に、1人日は5時間。)

 因みに医療福祉の世界ではどんなものか。もっとも高額とされる医師にしても、講演を依頼されて1時間5万円もらえるひとは滅多にいない。社会福祉士はどうか。私は、今まで資格取得予備校で喋っていちばん高くて1万5千円。相場は5千円から7千円といったところではないか。

 つまり、社会福祉士は、今の2倍から3倍の単価設定をしても、いわゆる経営コンサルタントよりは価格競争力を発揮できる。間違っても世間のコンサルティング会社が値段を下げてまで仕事を取りにかかることはない。社会福祉士は、今ある医療福祉の知識・経験に加えてコンサル技法とマーケ知識を身につければ、医療福祉ビジネスコンサルティングという市場においては、名うてのコンサルタントよりも品質の高いサービスを低価格で提供することが可能なわけである。

 もちろん、社会福祉士内部の世界においても同様で、医療福祉業界のようなマーケティングの工夫、商品・サービス企画の工夫が殆どなされていない業界では、アナタがほんのちょっぴり商品・サービス戦略、価格戦略、市場戦略を練っただけで、新人社会福祉士の方々でもすぐに先輩たちを抜き去ることができるだろう。もっとも、抜くの抜かないのと言ったところで、そもそも立っている土俵が違うわけではあるが・・・。

新・社会福祉士の定義


 「社会福祉士とは、専門的知識及び技術をもって、身体上もしくは精神上の障害があること、または環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある者の福祉に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うことを業とする者」・・・これが従来の社会福祉士の定義。


 そして、私が決めた新解釈は、そのサービス対象を変えて、「社会福祉士とは、専門的知識及び技術をもって、既存事業のみで経営維持することが困難な事業体、または新たに医療福祉関連事業に参入せんとする事業体の福祉ビジネス立上げに関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うことを業とする者」としたのである。


 詐欺師のように思われたかも知れない。しかし、社会福祉士の資格を使って成果を形にする(つまりはお金を稼ぐということ)ためには、運悪く社会的に弱い立場にいる者たちだけを相手にしていたのではダメ。なぜならば、社会的弱者はまず殆どの場合、まちがいなく経済的にも弱者であるから。「福祉」そのものが元来「救済・施し」等と位置づけられてきた訳で、致し方ないところもある。だが、それだけに固執するのではなく拡大解釈をしてもいいのではないか。


 介護保険以降、かなりの民間企業もこぞって医療・福祉の領域に足を踏み入れてきている。わが国の人口動態、すなわち市場構造の変化からもこの傾向は益々強くなっていく。こうした環境の中で、医療や福祉の法制度、その経営環境の現状と方向性、海外の先進事例、高齢者・障害者やその家族の理解・・・等々。これらを体系的に学んできた社会福祉士は、福祉ビジネスへの新規参入を検討する事業体を、さまざまな視点から成功裏にあるべき姿にナビゲートすることができる可能性を秘めている。しかも、100%生活者視点に立って。(営利主義だけではなく、利用者の便宜を前提として、という意味)


 そこで、改めて・・・。社会福祉士がステップアップするための、社会福祉士の新解釈を記すとこうなる。

 「社会福祉士とは、医療福祉関連ビジネスを実践指導できる唯一無二の国家資格取得コンサルタントである。」


 なお、因みに世の中にはびこる無数の「コンサルタント」であるが、この名称はだれが認定するものでもなく、誰でも自由に名乗ることができるものである。要するに、一瞬凄いスペシャリストのような印象を与えるが、何ら根拠のない職種なのである。であるから、社会福祉士という明確な根拠、国家資格を有するものがコンサルタントを名乗ることに価値が出てくるのである。


 現代社会において、社会福祉士が特定の一施設・一機関にて業務に当ることは、望ましくない。ケアマネジャーが特定事業体に籍を置いてしまったことで、利用者視点からのQOL(生活の質)向上という本来の役割を果たせずにいるのと同様の結果をもたらす危険性を孕んでいるからである。

社会福祉士の仕事とは…

 ところで、社会福祉士とは本来どのような仕事に就いてきたのだろうか。極論すれば、従来の社会福祉士が携わってきた仕事のひとつの結果が、先述のデータ(社会福祉士の年収)と言うことができる。これは否定できない事実ではないか。そこで、社会福祉士の定義を紐解いてみよう。

 「社会福祉士及び介護福祉士法」には、社会福祉士とは「専門的知識及び技術をもって、身体上もしくは精神上の障害があること、または環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある者の福祉に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うことを業とする者」とされている。

 具体的には、上述の施設・病院等における「相談・援助業務」となっている。この中で強いて社会福祉士としての役割を正当に発揮できる場所を探すとすれば、恐らく医療機関くらいであろう。何度も言っているように、これらの中で社会福祉士の数がいちばん少ない筈だから。そこに在籍すること自体で他との差別化が図れる。そしてまた、これらの事業体の中でかろうじて世間並みの賃金を払えるだけの体力を持っているのは医療機関しかなさそうだから。

 しかし、私が直感的に思ったのは、医療や福祉という狭いスパンで社会福祉士の活動機会を模索することは得策ではないということだ。おそらくそういった世界固有の価値観や慣習から脱することができない。もちろん待遇面も含めての話だ。医療や福祉の世界では、結局ドクターでない限り、いかに高いパフォーマンスを示そうと看護師は看護師、ヘルパーはヘルパーでしかなく、それなりの報酬しか手にすることはできない。

 よって、先述の定義に縛られている限り、社会福祉士の経済的・社会的発展は見込めないと私は思う。「類は友を呼ぶ」ではないが、下世話な言い方をして恐縮だが、儲かっている人とつきあわないと、自分が儲かるということはないのである。だから、儲かっている事業体、成功している事業体との接点を持たなければならない。となると、自ずと視線は一般民間企業に向けざるを得ない。しばし考えた挙句、私は社会福祉士なるものの定義・解釈を若干アレンジすることに決めたのだった。

私が社会福祉士になった極めて不純な動機


 さて、私自身のことを書いてみる。私が福祉の世界に関心を持ったのが1999年の夏頃で、ちょうど介護保険前夜のことだった。この年を以って最初に勤務していた外資系コンピューターメーカーを退社しようと決めていた私は、次の進路をどうすべきかを考え、様々な業界のスタディに時間を割いていた。当時は既にバブルも弾け、景気は安定的に(?)停滞していた時代であり、日経のトレンドウォッチャーでも数少ない成長分野が、「IT、環境、福祉」であった。それから1年余りでITバブルも弾けてしまうから、実際には環境ビジネスか介護ビジネスしかなかったと言えるだろう。

 で、私はハードルが低そうな福祉を選ぶ。福祉にも、「高齢者」と「育児」があったのだが、パイの大きさから前者に絞る。同時に、各業界のトップ企業のホームページを徹底的になぞると、かなりの企業が「少子高齢化による市場構造の変化」とか「地域高齢社会への貢献」とかを謳っており、特に大手総合商社が医療福祉分野に戦略投資をするようなことが記されているのを見て、私の心の中で、進むべきはヘルスケアという基本方針が固まったのだった。

 幸い学生時代の仲間に医者がかなりいたので、何人かに会って話してみると、話題は専ら「介護保険」であり、彼らも医療保険に続いて約40年ぶりに創設されることになった国民皆保険制度について、情報武装しなければならない時期だった。38歳であった私は、医師になるために必要なコスト・時間・労力を聞くに及び、あっさりと断念。ならば福祉はということで、本屋で立ち読みしてみると、社会福祉士という、当時の私には得体の知れない資格に出くわしたというわけだ。

 「医療界のトップが医師ならば、福祉界のトップは社会福祉士」とある参考書には記載されていた。医師が実際には一職人であるのに対して、社会福祉士は、わが国の縦割り行政の結果もたらされた、利用者にとって使い勝手の悪い保健・医療・福祉を有機的に結びつけて・・・等という高邁な機能をも求められるハイグレードな資格なのだ。そのすっごい資格を、大学時代に福祉系を出ていない私でも、通信教育で最長でも2年あれば取得できる可能性がある。

 医学部に入ったとしても6年を拘束されるわけだし、さらには、医者の中で「俺は医者だ」と言っても価値は低いという点を考えれば、社会福祉士って結構魅力的だなぁ等と考えたのである。少なくとも、医者連中もその時点では知らない介護保険なんぞを指導してやる側に回れるチャンスはあると感じたのである。そして、当時は大ブームだった介護保険で「宝の山」を夢見た私は、実に不純な動機で、社会福祉士の国家試験を受験するための通信教育課程に進むことになった・・・。


 1999年12月から翌年2月までの3ヶ月間は、転職活動および社会福祉士養成校の入学試験が重なり、実に充実した時間を過ごした。介護保険ブームの中で福祉系の資格も大人気となり、何と通信教育を受講するために論文による足切りがあったのだ。私が通った学校もその年から定員を倍の600名にしたにも関わらず、500名余りのひとが論文審査で門前払いとなっている。

 2年間で約70万円の学費を納め、50本のレポート提出、2ヶ月間の夏期スクーリング、1ヶ月間の現場実習を経て、国家試験に至る。社会福祉士の国家試験は例年1月の最終日曜に行われるが、私の場合は、年明け元旦からの25日間でボーダーラインの90問(全150問)をクリアした。記憶カードによる短期集中学習法で、満点ではなく6割を獲りにいった。もちろん、通常の勤務を続けながら。

 因みに転職先は、知る人ぞ知る医療福祉特化型の独立系コンサルティングファーム。医療福祉ビジネスのコンサルティングを手がけたいという主旨で、シンクタンクやコンサルファーム等、25社に企画提案書を一方的に送付した。今でいう潜在需要アプローチ型の就職活動である。なお、ここで作成した企画提案書を作成するために読み漁った医療福祉系の文献は、後の国家試験対策には有用だった。結果的に、面接のチャンスをもらったのが8社。最終的に残ったのが3社であった。(ただし、うち1社は保険的位置づけのマイクロソフト社であり、福祉とはまるで関係なし。スミマセン。)


 今にして思えば、就職活動と入学試験(論文)のタイミングが重なったのは一石二鳥であり、決して冗談ではなく、このふたつが連動していなかったら多分現在の自分はないだろう。(笑)

社会福祉士がもっとも光れる場所


 社会福祉士がもっとも強みを発揮できる可能性が高い場所。それは、ひと言で言えば、アナタ以外に社会福祉士なんぞ存在していない場所である。「掃溜めのツル」ではないけれど、福祉の「フ」の字も知らない集団にあってこそ、初めて周囲に自身をアピールできるというものだ。

 「社会福祉士って何やるんですかぁ?」極端な話、何人かのひとにこう聞かれるだけでいい。そうして少しずつ時間をかけて啓蒙する中で、福祉についての基礎知識が若干でも消化されたタイミングで、実は社会福祉士というのは福祉関係で最高峰の国家資格なんだということを理解してもらえれば十分だ。逆に、福祉関連の事業体に呑み込まれてしまえば、誰も先述の質問すら投げかけてはくれまい。おわかりいただけるだろうか。


 しかし、現実はどうだろうか。先の日本社会福祉士会の調査では、社会福祉士の勤務先についても言及されており、実に8割近くが特定の社会福祉施設や介護サービス事業所に勤務している。私のように民間の一般企業に在籍している人が1割。それ以外は、自ら開業しているか、自治体や社会福祉協議会に勤めている。

 結論から言ってしまえば、要するに特定施設等に勤務してしまうと、待遇的にかなりキツくなるということなのかも知れない。私の仲間にも施設に勤務しながら社会福祉士を取得した人は多い。しかし、後で聞いてみると、社会福祉士という資格が待遇面に反映されたという事実はなく、むしろ、「誰も気づいてくんないし、何も言ってくれない」とか「それはおめでとう。それで?」等が大半の反応であったそうだ。稀にではあるが、この段階でバーンアウトしてしまう人もいる。

 いずれにしても、福祉の世界の中にあってさえも社会福祉士は殆ど評価されていないと言えるだろう。医療界では、例え研修医であってもドクターというだけで看護師には一目置かれるのだから、社会福祉士が愕然とするのも当然である。

可能性と限界、それはいつでもアナタ自身が決めてしまうもの

 というわけで、以降、私が社会福祉士を取得してから辿ってきた道を紹介していこうと思う。多分、誰でもマネしようとすればできる程度のことだろう。

 琴線に触れられた方は、騙されたと思って読んでみて下さい。何かのヒントにはなるかも知れません。また、特にこれから受験しようとしている若い人たちには、是非とも実践して欲しい。そして近い将来、様々な成功事例を共に創り上げ、社会福祉士の社会的認知度や評価を高めていこうではありませんか!

 どうか、福祉の資格だから福祉の領域で活動するんだ!等と、ご自身の可能性を自ら狭めることだけは避けて欲しい。レポートを通じて最も伝えたいメッセージがこれだと言っても過言ではない。

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