これだけは知っておきたい、患者に対する医者の義務

 患者と医者。両者にそれぞれ、もう一度、確認しておきます。まず、お医者様に伝えたい。どうか診断結果は書類にして渡してあげてください。まず、患者さんがそのままそこで治療を受けるのであれば、治療方針や見通し、主治医の名前、手術の場合には執刀医の名前、当該手術についての経験や成功率について書いてあげて下さい。

 
病気を抱えて動転している人間が、医師の説明を口頭で聞いてキチンと消化できるはずありません。あとで冷静になってから知り合いの医師に相談したくても、素人があやふやな記憶だけを頼りに説明しても、的確な助言が得られないでしょう?ましてや大きな手術が必要だというのであればなおさらです。大きな決断を要するときこそ、第二・第三の意見を聞きたいと思うのは当然じゃないですか! 

自分や家族がそういう立場になったときのことを考えてみてください。どうも、そういう相手の立場に寄り添うといった姿勢が足らない医師が多いような気がしてなりません。世間的には偉いとされる医師であるならば、なおさらきめ細かな配慮をして欲しいものです。

 
私たちが受ける相談案件のほとんどが医師とのかかわり方の問題です。世間的には医師の過酷な勤務状況について擁護する論調が増えてきた昨今ではありますが、まだまだ不当な不利益を被っている患者さんが多いことを実感します。相談者に共通するのは、いずれも極めて「良い患者さん」であるということです。どうもわが国の医療現場においては、「良い患者さん」ほど医療提供者にいいようにされてしまう危険性を孕んでいるようです。
 
次に患者さんに知っておいて欲しいこと。その上で、医者にきちんと言うべきことは言う姿勢を持って欲しいのです。それは、医師という職務には遵守すべきさまざまな義務があるということ。逆に言えば、これを果たしていない医師に対して、患者側はもっともっと権利を主張して然るべきだということです。

しかしながら、ほとんどの患者さんは医師に対して従順です。複雑な胸の内とは裏腹に、ついつい医師の言葉に頷いてしまう。そんな呪縛から逃れるために、患者に対して医師が果たさねばならない義務について整理します。

 
ちょっと難しい話になりますが、患者と医師の間には、診療契約という契約関係が成り立っています。とくに契約書は交わしていませんが、そんなこととは無関係に『診療契約』という概念が存在するのです。その契約内容ですが、ズバリ、医師が医療を施すことによって患者の健康を回復することです。ただし、医療行為には少なからず身体や生命の危険が生じる可能性も否定できません。また、治療法が複数ある場合も多々あります。
 
そこで患者側には、いかなる治療を受けるべきか、自分自身で決定する権利が認められているわけです。これを自己決定権といいます。しかしながら、通常、患者は医療についての専門知識を持っていません。で、診療に当たる医師には、専門家として、患者の診療状況を説明する義務が課せられているのです。これを説明義務といいます。
 
例えば手術となれば、患者の身体と生命に強い影響を及ぼすので、患者が自己決定権を行使するのに足るだけの十分な説明義務を果たさなければなりません。具体的には、最高裁判所が判示している次の5項目が説明されなければいけません。
 
①手術前の診断について ②手術の内容について ③手術の危険性について ④他の治療法について ⑤予後(手術後の経過)について
 
なお、この5項目は手術という特別な場合に限ったものではなく、すべての治療行為に妥当するものです。みなさんがいま通っている病医院の医師はどうでしょうか?仮にいまの治療について納得がいかぬままにお金と時間を費やしているようであれば、みなさんの主治医は説明義務を果たしていないことになります。みなさんの出方次第では、その医師や病医院の立場は非常にまずいものとなる可能性があります。
 
こうした点も踏まえて、みなさんにはただ「良い患者さん」になるのではなく、彼らの言動をチェックするような感覚で診察室に入っていただきたいと思います。
 

カルテは誰のもの?

質問
76歳の母が新しくできた別のクリニックへ移ろうとしています。以前に何かの講演会で話を聞いて、なかなか面白い人だなぁと思っていたドクターが、週に一回、そのクリニックで診療していることがわかったらしいのです。そこで、それまで二年ほど通っていたクリニックでカルテのコピーをもらいたいと申し出たのですが、「必要ない」と断られてしまったそうです。どうしたものでしょうか?


回答
いまだにこのような対応をする病医院があるかと思うと、呆れてしまってモノが言えません。実は、カルテ入手についての相談は、過去5年、私どもに寄せられる相談案件のトップです。全国至る所で、カルテの写しをもらいたいのに上手く入手できずに苦慮している方々がたくさんいるということです。なので、このケースの詳細をご紹介したいと思います。
 
まず、カルテの写しをいただきたいと伝えた患者に対して先方から返ってきた言葉です。
 『何の目的で使用されるのですか?』
 『当院の治療について、なにか疑問な点でもおありですか?』
 『当院になにかご不満でも?』
 
予想外の質問に、相談者は自分の言い方に失礼でもあったのかと驚き、思わず正直に別のクリニックを受診しようと考えている旨を伝えたのだそうです。
 
すると・・・、
 
『どこの医療機関にかかろうと、それは患者さんの自由です。ただし、カルテをお渡しするには正当な理由が必要です。カルテなど持っていかなくても、普通は診てもらえますよ。 
問題があれば、そちらの先生から私のほうへ連絡するように言ってください』。
 
私は、一気に血圧が上がっちゃいました。最悪の医療機関ですよ、これは! こういうのを一般社会では詐欺というんです。悪徳商法といっしょですね。カルテとはいったい誰のものなのか、このクリニックは勘違いしています。しかも、現在では患者の求めに応じてカルテを開示する義務が法律で定められています。
 
患者がカルテの写しを要望したら、「なにが疑問だ、不満だ」などと四の五の言わず提供しなければならないのです。それを本当に知らないとしたら、この医者は100年遅れています。また、知っていて提供しないのであればペテン師と言われても仕方ないでしょう。

提供しないだけでなく、「そんなものなくたって診てもらえますよ」と論点をズラしてしまう。そりゃあ日本では、患者は全国どこの病医院でも診てもらうことができます。しかし、そこで一から病状を説明する無駄をなくし、効率的かつ効果的に治療を受けるために、前医(それまでかかっていた医者)からカルテの写しをもらっていきましょう、という話なのです。

 
実は、相談者からの依頼でカルテ等を入手してみると、カルテへの記載内容はかなり稚拙です。文字がよめないものから、ほとんど白紙状態のものまでさまざまです。わが国の医師には、どうやら危機管理意識というものがないようです。逆に言うと、彼らは従順で人のいい患者さんたちのお陰で命拾いをしているように、私なんぞは感じてしまいますねぇ。
 
一方で、この相談者にも苦言を呈したい。なんでそんなところに2年間も通院していたのかと。70年以上も人間をやっていて、人を見る目はないのかと。患者側がこうだから、こういう医者が蔓延るということも言えるのです。
  
しかし、カルテ開示などというテーマが取り沙汰されてから、もう何年になるでしょうか。10年は経ってますよねぇ。だから、医者も医者なら患者も患者だと、私はいつも言ってるんです。どちらもいい加減なんです。もちろん、すべての医者、すべての患者がそうだとは言いません。でも、多いことは確かです。

 

 私も自分の母親を見ていて感じるのは、ある程度の高齢になったらやむを得ないのかなぁとも思います。自分がそれぐらいの年齢になったときに、果たして自分の子ども程の年齢の医者相手に折衝ごとができるだろうかと考えると、やはり医者のほうから歩み寄ってあげるべきなんだと思うのです。
 
とにかく、年末からカルテ絡みの相談が多いんです。なぜに自分自身のカルテをもらうだけなのにそんな大騒ぎになるのか。なんで病医院側は簡単に提供してくれないのか。見られてまずいことでもあるのかと疑ってみたくなります。それほどカルテの写しを入手したいのに円滑にいかないという相談が多々あるのです。なんたることでしょうか。
 
医師は患者に対して、どのような治療を施したのかについて客観的な記録を残しておかねばならないと定められています。この義務を怠ると、50万円以下の罰金を科せられることになります。具体的に記載すべき事項は、以下のとおりです。
 
①診療を受けた者の住所・氏名・年齢・性別 ②病名・主要症状 ③治療方法(処方と処置)④診療年月日 ⑤既往症・原因・経過 ⑥保険者番号 ⑦被保険者証の記号・番号・有効期限 ⑧保険者の名称・所在地 ⑨診療点数
 
ただし、これらを機械的に書けばいいというものではありません。カルテとは、客観的な事柄を記録として残しておくための文書です。よって、誰が見ても読み取れるよう、記載者にしかわからないような略語や略字は使用できないことになっています。また、責任所在を明らかにするため、記載者と記載年月日&時刻も記載しなければなりません。もしもカルテの写しを入手する機会があったら、是非ともこれらの項目が判読しやすく記載されているかどうかをチェックしてみてください。
 
他にも医師には、患者から請求された場合、正当な理由がない限り、診断書を作成して交付する義務があります。正当な理由とは、患者以外から請求されて患者のプライバシーが侵害される恐れがある場合、未告知のがん患者の場合、保険金詐欺等に悪用されることを医師が知った場合、などをいいます。

よくある相談事例

 それでは実際に、私どもに寄せられるよくある相談について見てみよう。5年間の相談活動を通じて、医療や福祉関連を中心に、だいたいシニアからの相談案件というのは限られた範囲に収まるものだということがよくわかった。ここに挙げたのは、例年相談件数が上位にくるものばかりである。

 【医療】
 ●突然退院勧告され、転院先を探さなければならない・・・
 ●通院圏内でリウマチ科がある病医院を教えて欲しい・・・
 ●処方される薬が多すぎて困っているのだが・・・
 ●治療に納得できない。治療費を返金してもらいたい・・・
 ●がんの摘出手術を勧められているのだが・・・
 ●カルテや検査データを円滑に入手する方法を教えて欲しい
 ●通院が困難。往診してくれる医者を探したい・・・
 ●認知症にだけはなりたくない。予防法を学びたい・・・
 ●いまの自分に適した食事や運動のメニューを学びたい・・・

 【介護・福祉】
 ●介護保険を利用したい。手続について教えて欲しい・・・
 ●障害者認定を受けたい。手続について教えて欲しい・・・
 ●現在利用している介護事業者を変えたいのだが・・・
 ●予算内で入居できる高齢者施設を探して欲しい・・・
 ●認知症の父のこれからについて相談に乗って欲しい  
 ●遠距離で独居で暮らす母の緊急時対応を考えたい・・・ 

【お金・法律・葬儀】
 ●悪徳商法に引っかかってしまった。さぁ、どうしたら・・・
 ●カード会社から身に覚えのない請求書が送られてきて・・・
 ●配偶者が亡くなった。さて、相続の手続はどうすれば・・・
 ●気軽に相談できる弁護士を紹介して欲しい・・・
 ●葬儀に無駄な費用をかけたくない。極力安く済ませるには?
 
 いかがだろうか。みなさんも思い当たることがあるのではないかと思う。最近の傾向としては、「かかりつけの病医院への疑問を抱いての相談」、「お金をかけない葬儀の段取り」、「最低予算での施設探し」が圧倒的に多い。

 『二十四の瞳』の活動趣旨は、納得がいかないままにお金と時間を費やしている、医療・介護・葬儀の利用者の権利を徹底的に擁護することである。相談者の立場で病医院や事業者との折衝に当たり、不当な不利益を被らずに済むようサポートしているのである。

 
 お子さんと離れて暮らしている高齢者世帯では、暮らしの中で困りごとが生じてもついつい我慢してしまい、結果的に大きな問題になってしまうことが多々あるもの。私たちはそんな不安や心配を低減すべく、「いつでも・なんでも・気軽に相談できる」ホットラインを提供している。

 みなさんからの多岐にわたる相談に対して、最初の段階で、極力、解決の糸口や方向性を提示できるよう、地域情報や医療福祉分野に詳しい社会福祉士という国家資格者を第一次窓口として確保。専門知識に加えて、高齢者とのコミュニケーションについても教育を受けた人材が対応させていただくため、ご家族に相談する(グチる)ように、遠慮せず気軽に相談していただけると自負している。 

こんなイヤな思い、したことないですか?

 さてここからは、私どもに寄せられるさまざまな相談事例をご紹介していきたい。まずはじめに、みなさんのまわりでこんな話を見聞きしたことがないだろうか・・・。
★もう何年も通院しているのに、症状が一向に改善されない・・・

★倒れた夫を救急病院に連れて行ったら、当直の医師の専門外と言われ、他へ行ってくれと受入 れ   
拒否された。救急車を呼んでも、乗ってからが大変。どこの病院にも受け入れてもらえず、散々たらい回しにされて・・・

★仕事中に梯子から転落して骨折。入院一週間後に突然退院を求められ、自宅療養の不安を訴えると、「心配ならそちらで転院先を探すように」と突き放された。

★医師会に聞いても保健所に聞いても、どこの診療所なら往診してもらえるのかがわからない

★末期がんを宣告された父。本人や家族の同意もないままに三度も手術された挙句、苦痛に耐えながら息を引きとった。

★「カルテと検査データをいただけませんか?」と申し出たところ、医師の表情が強張り、「私が信用できませんか?」と言い放たれ、会話を打ち切られた・・・

★「最後の最期まで安心して暮らせる終の棲家」に要介護五の母親を入れて半年、施設側から、重度の認知症には対応困難として退去を求められた。

★母を入れた施設では、「連携病院があるので夜間休日の緊急時にも安心」と謳いながら、実際には散々待たされた挙句、夜勤職員が救急車を呼んでくれただけで「ハイ、おしまい」。

★入居一時金の返還保証があると聞いていたのに、一年足らずで退去したにもかかわらず、何だかんだと理由を付けられて、一銭も返してもらえなかった。
 
 これらは決して珍しいことではない。今もどこかでこうしたことが起こっている。元気なうちから、こんなときの対応策について学んでおくことが大切になってくる。 

人生いろいろ、相談いろいろ

昨年の相談トップテン
 NPO二十四の瞳(正式名称:市民のための医療と福祉の情報公開を推進する会)では、高齢者のみ世帯を対象に、年中無休(24時間365日)の会員制困りごと相談を行っている。昨年(2010年)一年間に寄せられた相談案件の集計結果を紹介しよう。 

相談件数は全部で355件。これまで同様、そのうち九割以上が医療・福祉・お金・葬儀といったテーマに集中した。

 ①病医院からカルテや検査データを円滑に入手したい。代行してもらいたい。(82件)
 ②何年も通院しているのに、症状に改善が見られない。どうすべきか。(47件)
 ③処方される薬が多すぎるように感じる。どうしたらよいか。(45件)
 ④治療方針や治療法について他の医師に見解を聞きたい。(28件)
 ⑤入院先から急に退院と言われ困っている。病医院側と折衝してほしい。(23件)
 ⑥予算内で入居できる施設を探したい。具体的な物件の候補を見つけてほしい。(22件)
 ⑦必要最低限の費用で葬儀を賄いたい。対応してくれる葬儀社を探してほしい。(19件)
 ⑧医療や介護に係る費用負担がきつい。何かよい方法はないか。(17件)
 ⑨介護事業者に確認したいことがある。問合せ方をアドバイスしてほしい。(16件)
 ⑩自宅でもできる簡単で有効な認知症予防策を教えてほしい。(8件)
 
納得できないことがあっても、医師や病医院とうまく折衝できない・しづらいという状況は例年通りであった。提供者側(とくに医師)には、患者に寄り添うような姿勢が望まれる。最大の特徴としては、医療・介護・葬儀サービスが家計に占める負担が増加傾向にあることを窺わせる結果となっている。

その10 立つ鳥跡を濁すべからず

 自分が死ぬまでにどんなことが起こるのか。年寄りは自分でよぉく考えてみろ。生老病死は世の常。年とって老いぼれて病気になって死んでいく。このこと自体をありがたいと感謝せよ。

 戦争でも事故でも殺人でも自殺でもなく、人間の基本的なプロセスを経て人生を終われることに感謝せよ。この過程で必要となる医療・福祉・法律・お金・葬儀・・・。これらサービスの確保、手続き、費用をどうするのか。自分自身で調べて準備せよ。決して子どもたちを当てにしてはならない。みんな忙しいのだ。

 
 子どもや孫たちのみならず、国にも社会にも一切期待するな。国に何かしてもらおうなんてとんでもない。日本じゅうどこを探しても、もうそんな余裕はない。自分のことは自分で何とかしろ。

 人間はひとりで生まれてひとりで死んでゆく。生まれてオシメをつけられ、またオシメをつけられて死んでいくのだ。周囲に迷惑をかけながら死んでいくのだ。どんなに偉い年寄りでも、どんなにお金持ちの年寄りでも大差はない。

 このことをしっかりと認識し自覚すれば、年寄りのあり方は自ずと見えてくるはずだ。とにかく謙虚に、極力周囲に迷惑をかけぬよう、身の程をわきまえて生きていくべきだ。そのためには、少しでも早いうちから、自分の老後と最期を具体的にプランしておくことだ。

 
 通帳、印鑑、生命保険や不動産関係の書類の在り処を、今のうちから子どもたちに教えておけ。死んだりボケたりしてからでは遅いのだ。年寄りが死んだ後で子どもたちが手続きするのに探す時間がひと苦労だ。

 また、認知した隠し子がいる場合、借金を抱えている場合など、こうした家族にとってマイナスの事実についてもきちんとカミングアウトしておこう。でないと、アナタが死んでから遺族が修羅場を迎えることになる。そうなればアナタだって成仏できないだろう。

 
 NPO『二十四の瞳』では、元気なうちからエンディングを計画する個別相談の場を用意している。

 早いうちから身辺整理し、澄みきった心で最期に臨みたいものだと思う。 

その9 のしかかる医療と介護の費用負担の攻略法

 日本人の平均寿命は約80歳。健康寿命が約75歳。その差は5年。

 ちなみに健康寿命とは、病気や認知症などで要介護状態となった期間を平均寿命から差し引いた寿命のことである。長寿国では一般に平均寿命と健康寿命の開きが長く、わが国でも最晩年に寝たきりなどになる期間が国民平均5年以上に及んでいるのが現状だ。

 
 つまり、この5年間は医療費や介護費が大きく膨らむ可能性が高い。もっとも、もっと早い段階から医者に通い続けている人も多いわけで、月々の支払いたるや相当な金額になっているはずだ。
 
 これへの基本的な対策を挙げておく。まずは、医療費と介護費の上限設定だ。世帯の所得状況に応じて、それぞれ月額1万5千円の上限設定が可能である。

 要は、いくら医療や介護を使おうが、月額1万5千円だけ支払えばいいですよ、ということだ。これは大きい。使わない手はない。基本的に、国民年金だけに依存して暮らしている人であればまず適用される筈。単純計算では適用不可となる場合もあるが、『世帯分離』という裏技もある。

 
 かかりつけの医者と懇意であれば、障害者認定をしてもらって自治体の障害福祉課に届け出て、障害者手帳を給付してもらう手もある。そうすれば、医療も介護も自己負担ゼロだ。おまけに、市営バスやスーパー銭湯などのタダ券までもらえたりする。ただし、自治体によってメニュー格差あり。
 
 他にも、生活保護を受給したり、社会福祉協議会が行っている福祉融資制度など、一般の人たちには意外と知られていない(自治体としても、あまり大々的には告知したくない)救いの手というのがあるものだ。
 
 経済的に本当に行き詰ったら、自ら命を絶ったりせず(最近は列車への飛び込み自殺が増えているが、あれほど迷惑千万なものはない。死んでからも人様に迷惑をかける神経がわからない)に、自治体に相談に出向くべきだ。

 が、極めて失礼な対応をする職員もいるから、予め情報武装をしておきたいところだ。

 私どもでは、きめこまかいガイドをさせていただいている。遠慮なくコンタクトしてほしい。 

その8 葬儀葬祭を後の祭りとしないために

 葬式にお金をかけるな。死んでまで無駄なお金を使わないでくれ。そんなお金があるなら、子どもや孫たちにあげてしまえ。葬式代など、どんなに高くともせいぜい50万円まで。云百万もかけるのは愚の骨頂。心優しい遺族たちに負担をかけるのもいい加減にしろ。
 
 世の中には、遺族の予算を膨らませることしか考えていない葬儀社が腐るほどある。祭壇・戒名から精進おとし・香典返しまで、ランク別に価格を設定し、高いのを押し売りしてくるのだ。頼みもしない式次第、勝手に書かれた弔辞を涙ながらに読み上げる役者たち、マジックショーさながらに華やかに天高く飛び立つ鳩・・・。大切な故人の葬儀のことでもめたり、値切ったりしたくないからと耐える遺族たち。よくある光景だ。
 
 日本消費者協会の調査では、2010年度の葬儀費用の全国平均は200万円弱。この費用を捻出しようと、年金暮らしの年寄りが日々の生活を切り詰めて暮らしている現実がある。華々しい誤解をしながら互助会とやらに月々云千円を支払い続けている能天気な人もいる。バカも休み休み言えと言いたい。これまでどれほどの人たちが痛い目に遭ってきたことか。 
 
 だから、元気なうちから自分の葬儀をどうしたいか決めておけ。そして、それを家族に明確に伝えておけ。最終的に病院で息を引き取ったならば、病院が紹介してくる葬儀社は断固断りなさい。遺族は毅然として故人との約束を果たさなければならない。病院に出入りしている葬儀社は、基本的に高いし融通が利かない。彼らに遺体を運ばれてしまったら最後、いつの間にか数百万円コースをひた走ることになってしまう。
 
 「故人の遺志で、お願いする葬儀屋さんが決まってますので」と必ず病院側に伝えることだ。お金をかけない葬儀など、いくらでもやり様がある。自治体によっては、10万円前後で一切を賄ってくれる『市民葬』という制度がある。

 あるいは、私どもNPO『二十四の瞳』にご用命いただければ、当該地域で予算に応じた葬儀を行ってくれる葬儀社を探して差し上げよう。実績として、都内であれば30万円で滞りなく故人をお送りすることも可能なのだ。

その7 「終の棲家」はこう決める ~騙されない施設選び3つの質問~

 実際問題として、介護が必要になったらこの世も終わりと心しておくこと。自分でトイレができなくなったら自宅での療養は諦めるべし。でないと大切な家族まで倒れてしまう。老老心中や介護虐待のもとだ。食事や入浴の介助と違って、トイレだけは計画的にいかない。家族は夜も眠れなくなり、やがてアナタを憎むようになっていく。この介護はいつまで続くのか・・・。

 この出口なき迷宮では、どんなに奇特な心の持ち主であっても、かなりの確率で自分自身を見失ってしまう。ボケも同様。身内だけではない。世の中に迷惑をかけることになる。そうならないよう日々努力するのがクールな老人のあるべき姿だ。
 

 死に場所くらいは自分で探しておけ。
 いつまでも自分の家にしがみつくな。
 それ以上に子どもたちにしがみつくな。

 懐具合と相談して、今のうちから終の棲家の目星をつけておくことだ。
 子どもたちも忙しい。自分のケツは自分で拭け。


 死に場所については、元気なうちから然るべき相手と十分に意思の疎通を図っておかねばならない。然るべき相手、と言った意味は、必ずしも配偶者や子どもたちが最期を看取ってくれるとは限らないからだ。

 多くの人たちが「自宅か施設か」を議論しているが、本当に問題となるのは「誰に看取ってもらうか」ということである。現代は、2組に1組が離婚する世の中だ。しかも、夫婦の5割がセックスレスだという。

 が、仮に配偶者に看取ってもらうという前提で考えたとき、次のように考えるべきだと私は思う。


 ●排泄介助が必要で、かつ月額三〇万円以上支払える財力があれば、無条件で施設。
 
 ●排泄介助が必要ではあるが経済的制約がある場合は、介護病棟を有する病院。併せて療 
  養費の上限を設定する手続きを取る。
 
 ●排泄介助が必要なく、自宅療養を望む場合、訪問診療&訪問看護&訪問介護他を利用す
  るための手続きを取る。
 
 なお、仮に施設を検討する場合のチェックポイントは、次の3点である。
 
 ①途中解約時の返還金の算出方法
 
 ②緊急時医療サポートの具体的内容
 
 ③認知症になっても本当に最期まで入居できるか
 
 私どもNPO『二十四の瞳』では、予算やニーズに合致した施設探しや現地見学同行等、最後の生活場所選びに失敗することがないよう、可能な限りのサポートを致しております。

その6 往生際の美学

 人間誰しも、自分の意思で生まれてくるわけじゃあない。生まれてからの長い人生にしても、自分の思い通りになることなどまずないだろう。仏教では思い通りにならないことを『苦』と言う。だから『生老病死』を四苦と言う。であればせめて、最後の最期に自分の死に方くらいは自分で決めようではないか・・・。というわけで、リビング・ウィルである。
 
 クールな老後の極めつけが医療との関わり方であることはまちがいない。その中でも「ターミナルケア(終末期医療)」である。特に、自然の摂理や人間の尊厳を無視した延命
治療については、元気なうちから方針を固めておかねばとんでもないことになる。

 昔で言うスパゲッティ、今ならパスタ。身体中を管で繋がれ、無理やり生かされるアレである。もともと医者はハナから延命治療に疑問を持っていない。むしろごく当然のことと思っている。今でも放っておいたらいつの間にか、点滴、酸素吸入器、人工呼吸器、尿管、心臓の状態を管理する管を挿入されてしまう確率が高い。患者の家族が、「何とか生き長らえさせて下さい」などと言おうものならば、待ってました、ってなことになる。病院としては莫大な売上を計上することができるからだ。

 
 が、当の患者本人の苦痛たるや想像を絶するものがあろう。数時間おきに採血されて腫れ上がった左右の腕を見たら、家族だって後悔するのは時間の問題だ。おまけに、延命治療を選択した場合には、最期の瞬間に患者とのお別れの時間は取れない。機械のゴーゴー言う音で話し声など全く聞こえない。

 こういうことを踏まえて、自分が現場復帰できない状態だとわかった時にどうするか。今から延命治療へのスタンスを決めて家族に伝えておくことだ。この、家族に伝えておくという点が重要だ。だって、いざその時になったら、アナタは意思表示できないのだから。
 

 さらにもうひとつ。延命治療の入口に位置するのが「胃ろう」だ。脳外科手術の後などに、胃に穴を開けて管を通し、そこから強制的に栄養液を入れるやつだ。誤嚥性肺炎を防ぐのが目的だが、実際には看護者や介護者の管理負担を軽くする目的で、ちょっとしたことですぐ胃ろうを造設されてしまう場合が多い。

 よくあるのは、脚を骨折して入院しただけで、「ご家族の介護も大変ですから、この際、胃ろうにしちゃいますか」的なノリで持ちかけられたりする。これで患者は食物を自分の口で味わうことができなくなってしまう。

 
 肝心なのは、本人の意思を反映することだ。将来的に経口摂取が望めないとわかった時にどうするのか。人生最大の楽しみでもある「食べること」を失ってまで生きたいかどうか。私であれば、例え死期が早まったとしても、こんな栄養補給は願い下げである。
 
 が、実際に胃ろうにするかどうかを決めなければならない時、多くの場合、本人の決断力は既に失われている。家族は人目も気にして、「とりあえずお願いします」などと言いがちだ。医者や看護師、更には知人たちに冷たいと思われはしないかと、どうしても体面を気にしてしまうところがある。だから、元気なうちから家族には自分の希望を明確に伝えておく必要があるのだ。

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