NPO法人 二十四の瞳
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感動する医者の話3

手術のために入院する直前、このあたりのことについて時間をかけて本人と奥さんに説明した。歯科医であるご本人同様、元ピアニストの奥さんも知性と良識を持ち合わせた立派な方だった。私の話をよく理解したうえで、病院で術後の抗がん剤治療を受けながら、並行して私の処方する漢方薬を服用するという治療法を選択された。帰り際、誰かが駆け寄る足音に振り向くと、奥さんが車のところまで送りに来てくれた。
 
「できるものなら・・・。なんとか、なんとか次の誕生日まで生きさせてやれないものでしょうか。」
 
そこには気丈に振舞うご主人はいない。目からは堰を切ったように真珠の涙が溢れだした。気持ちはわかる。痛いほどによくわかる。しかし、無責任な気休めを私は言えない。
 
「大変ですね、本当におつらいと思います・・・。奥さん、医者にもですね、人の寿命というものはわからないのです。ましてや寿命云ヶ月などというのは科学的に根拠のあるはなしではない。それは、検査結果によるがんの進行状況と過去の経験値から割り出した平均値のようなものなんですね。実際に私は、寿命3ヶ月と宣告された患者さんがその後何年も生きたという例をたくさん見てきましたよ。奥さんの願いが叶うように、一緒に祈りながら薬を煎じさせてもらいます」。
 
そう言って軽く頭を下げ、そして目を上げる。奥さんの涙はとまらない。
私は彼のために約30種類の生薬を煎じ、毎月送り続けた。たまに奥さんや義理のお母さんから経過報告の電話が入った。最初のうちは悪い知らせではないかとビクッとすることもあったが、がんの再発も抗がん剤の副作用も出ずに、季節が過ぎていった。
 
結果的に胃を全摘出した彼であったが、抗がん剤の副作用もさほど出ず、退院してから2年近くもの間、元気に歯科診療を続けたのである。義理のお母さんなどは、もしかしたら奇跡的に治ったのではないかなどと言うほどに、傍からは大手術を受けたとはとても思えないような日常だったという。
 
その間、奥さんの願いであった誕生日を2回迎えることができた。家族揃ってオーストラリア旅行にまで出かけられた。がんにならなければ、こんな思い出は作れなかったと家族みんなが口を揃えた。私としては、がん患者の方たちが必ず苦悩する、抗がん剤の副作用を回避することのお手伝いができたということで納得はしている。
 
しかし、いま同様のケースに遭遇したとしたら、手術を選択するという患者さんに対して、あの時と同じ対応はしなかったかも知れない。寿命3ヶ月を2年まで延ばせたことは事実であるが、やはりがんは再発したのである。後に経緯を聞くにつけ、量的にも質的にも抗がん剤治療は凄まじかったことがわかってくる。
 
ところで、がんの手術について、患者が知っておかねばならないことがある。私が医療現場にデビューした頃から感じはじめ、やがて確信するに至ったことだ。それは、がんが発見されて摘出手術に成功した患者さんのほとんどが、いくら放射線を当てたり抗がん剤を服用したりしても、数年以内に再発または転移が見つかり結局はがんで死んでいくということだ。

(続く)

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