はじめに
平成22年11月14日、父が死んだ。
告別式の日、火葬場の煙突から立ち上る絹の白糸が、天空に戯れる桃色の子羊たちと合流するのを眺めながら、この六年半のことが走馬灯のように甦ってくる気がした。長かったような気もするし、アッという間の出来事だったようにも思えてくる。
認知症の発症、数々の異様な行動、警察やご近所にかけた迷惑、病医院や施設とのトラブル、宮崎への転居・・・。この間、介護疲れで母は二度救急車で運ばれ、やがて脳梗塞が発覚。私は妻子との別居を余儀なくされ、実家で母を見守りながら仕事に出かけることに。
家じゅうが疲弊し、お金は湯水のように流れ出ていった。医療の世界で仕事をしていた私ではあったが、医療や介護に係る諸々の手続きは複雑で、かつ使い勝手は決していいものでないことを改めて痛感した。増してや、両親の代わりに病医院や自治体に出向いてやりとりをしようとすると、個人情報がどうたらこうたらと言われて、なかなかどうして面倒くさい。実の息子であっても、だ。
いろいろあったよなぁ。ふぅっと息を吐きながら、これまでの自分の仕事について考えを巡らせる。私はこの一〇年、病医院経営のお手伝いをしてきたが、これと並行して五年前からは、医療や介護を利用する側である患者さんたちを支援する市民活動も行ってきた。してみると、父絡みであちこちを奔走したひとつひとつのことが、私の血となり肉となっているんだよなぁ~と感じられてきてならない。
そしてこの血と肉は、いまの混迷する時代を100年近く生きていかなければならない人たちにも伝えておくべきではないか。医療や介護をはじめとする数々の「通らねばならない道」で、知らないというだけで無用な不利益を被らずに済むように。そんな思いから、このブログをスタートし、これから老後を控える多くの人たちに届けたいと考えた次第である。
世界の最長寿国になったわが国ではあるが、逆に、長生きしなければならない時代ゆえのさまざまなリスクを背負っていることを忘れてはならない。例えば、医療・介護・お金・葬儀等の問題。これらは、命あるものであれば誰しもが必ず通る道でありながら、そもそも積極的には考えたくないテーマであることに加え、専門性が高くとっつきにくい分野である。
だから、ついつい先送りにしてしまった結果、いざその時になって思わぬ不利益を被ってしまうという危険を孕んでいる。手っ取り早く言ってしまえば、要するに、払わなくてもいいお金を必要以上に費やしてしまうということだ。
そして、多くの場合、分かれ目はきわめてシンプルだ。
ちょっとした情報や知識を持っているか持っていないか。
危険を回避する術を知っているか知らないか。
たったこれだけの違いで運不運が分かれてしまうのが現実なのである。つくづく、私たちは元気なうちにこそ、しっかりと老後の計画を立て、準備をしておくべきだと思う。
この冊子が、みなさんが自分自身の円滑な老後計画を考えるきっかけとなってくれれば、いいかなぁと思っています。そして、私が主に高齢者世帯を対象に行っているお手伝いの内容について知っていただき、少しでも関心を持っていただけたとしたら、こんなに嬉しいことはありません。どうぞ肩の力を抜いて、気楽なご気分でページをめくってみてください。
平成23年 初夏
非営利特定活動法人『二十四の瞳』 理事長 山崎 宏