まちがいだらけの処方箋
米国では薬の処方を3剤までに抑えるのが原則らしい。このことは医学生向けの教科書にも明記されているらしい。とすれば、医師にとっての基本中の基本ルールと言ってもいいだろう。例えば先程の女性のケースであれば2剤か3剤で済むのではないか。とくに高齢者の場合、体内での薬の分解や排泄に時間を要するため、何種類もの薬を一日に2回3回と飲めば、薬同士の相乗作用が生じ非常に危険であることを認識する必要があるという。
高齢者の多くは、糖尿病、高血圧、コレステロール過多等に対処するために定期的に通院して薬を処方してもらっている可能性が高い。しかし、年齢がいけばいくほど薬を常用するには注意が必要だということを私は母の主治医から教わった。しかしながら巷の医師の多くは、そんなことはお構いなしで薬を処方しまくっている可能性がある。
例えば糖尿病に関しては、正常の人、境界型糖尿病の人、糖尿病の人とで、生存曲線にそして差がないそうだ。しかも、歳を取ってからは、むしろ血糖値が高い方がボケないという認知症の研究結果もある。なぜかというと、脳に栄養を与えるのはぶどう糖と酸素で他のものは脳の栄養にはならない。糖尿病の人は脳の栄養が充分に行き渡っているため、血糖値が低い人よりもむしろ認知症にはなりにくいのだそうだ。つまり、認知症になりたくなければ、血糖値をむやみに下げすぎるのは危険で、ちょっと高めのほうがいいという考え方もできるのだ。
どうしてそんなことが起きるのかというと、血管というのは、若い人ほど血液が通る部分が広くて血管の壁が薄い。ところが歳を取るにつれて次第に血管の壁が厚みを帯びてきて、血液の通る部分が狭くなる傾向がある。となると、血糖値が低ければ血液中の糖分や酸素が頭のなかに出ていきにくくなってしまうのである。こう考えると人間の身体というのは実にうまくできていて、血糖値が高くなるのも血圧が高くなるのも加齢に伴う適応現象のひとつだと理解することができる。
余談だが、ちなみに甘いものに関しても、糖尿病で寿命を縮めるのは30歳代~50歳代までの人で、70歳を超えたら血糖値が高くても全然寿命には関係ないそうだ。これを聞いた母は大好物の和菓子を山のように食べまくっている(笑)。
私がそれまでに接点を持った医師たちは、血圧や血糖値が高いと動脈硬化の危険因子になるとしてスラスラと処方箋を書いていた記憶がある。しかしそれは、たしかに若い人については問題ないのかもしれないが、高齢者の場合には必ずしも妥当とは言えなそうである。実は、薬で血圧や血糖値を正常に引き下げたらボケたような症状が出たという症例報告はたくさんあるそうで、欧米の高齢者医療では常識だそうだ。 にもかかわらず、患者の年齢や体質も考慮せず、検査データを見ただけで機械的に血糖値を下げるよう指示して、若い人にするのと同じような治療をする医師たちは、高齢者医療の特殊性を理解していないのではないだろうか。
血圧に関しても、正常群とボーダーライン群、即ち130台、150台の人では生存曲線はまったく違いがない。ただ、180を超えた場合には興味深いデータがある。この場合、血圧の薬を飲んで治療した群と治療しない群とで心脳血管障害による死亡件数を比較すると、60歳代の場合で、治療群の死亡者数は100人中3人、非治療群の死亡者数は9人。なんと3倍だ。ところが、80歳を超えたらこの差がなくなってしまうそうだ。このあたりのデータと患者さんの年齢および体質を総合的に見ながら処方するのが本来の治療ということになる。高齢者医療というやつは実に奥が深いもののようだ。
日本では、大学病院をはじめ、薬屋さんと結びついている医師が多い。そのせいか盛んに薬を勧めたがる傾向が強いのかもしれないが、少なくとも80歳を超えた患者さんに対して、血圧を基準値(140)まで下げなければ…等と言っているのは藪医師だろうからすぐに代えた方がいいとのこと(笑)。
あと、コレステロールもやはり下げ過ぎない方がいいらしい。実際、平均的な日本人よりよく肉を食べる沖縄の人たちやハワイの日系人のほうが長生きだ。とくに心臓を専門にする循環器内科では、とにかくコレステロール値を下げろということが多い気がする。コレステロールが高いと急性心筋梗塞だとか不安定狭心症、あるいは心臓性突然死といった急性冠症候群を引き起こしやすい。だが一方で、がんに関してはコレステロール値が高いほどなりにくく、低いほどなりやすいというデータがある。また、脳卒中について言えば、240から270の間が一番なりにくいということもある。
さらに、コレステロールが低いとうつ病になりやすいというデータもある。実際にうつ病と診断された患者さんを比較すると、コレステロールの高い人は非常に改善が早いのに、低い人は増悪するケースが多いそうだ。コレステロールはセロトニンという物質を脳に運ぶのに非常に大事な役割を担っていて、セロトニンが足りなくなるとうつの症状が出やすくなるのがその原因だ。
コレステロールを下げればたしかに心臓病にはなりにくいかもしれない。でも、がんやうつにはなりやすい。で、うつということになると非常に暗くてつらい老後を送らねばならなくなる。しかも現在の西洋医学では、虚血性心疾患の場合はバイパス手術という明確なソリューションがあるが、がんやうつには決定的な治療法はない。ならば、楽しく長生きすることを考えるのであれば、コレステロールが低いよりは高い方がベターという判断も成り立つことになる(笑)。
こうして考えてみると、ただ単に基準値から外れた数値を問題視してそれぞれに対応する薬を処方するというやり方は、やはり釈然としない。西洋医学はEBM(科学的根拠に基づく医療)ということを声高に叫んでいるのだが、どうも言動不一致な点が多い気がしてならない。まさしく「クスリはリスク」である(笑)。