感動する医者の話9

「いま現在は、おトイレのほうは一日平均何回くらいですか?」
 
私はいつものように、女性の右隣に腰を下ろす。毎度のことではあるが、女性にこの手の質問をするのは心苦しい思いで堪らない。現状をできる限り正しく把握しなければ、治療内容が定まらないのだから我慢していただくしかない。しかし、相手からしてみれば、面と向かって会話するよりは多少は気が楽だろう。これまで、何人かの患者さんからそういわれたことがある。相手の女性の立場になって考えてみればそうかも知れないなと納得する。
 
質問は続く。症状について。服用してきた薬の種類と量。薬のせいではないかと思われる副作用。食事療法の具体的な内容。平日および仕事がない日の生活のパターン。これまでに患った病気。アレルギーの有無 等々。
 
ややうつむき加減に彼女が答えるには、頻度としては一日15回から20回。そのほとんどが下痢で血便を伴う。状態はかなり悪い。ステロイドの副作用のせいか、顔は腫れぼったく、その表情は暗い。
 
ひと通りの質問を終えて、私は当院で行っている各種治療法について説明を開始する。協議の結果、漢方薬と胎盤組織療法で様子を見ることにした。30種類以上の生薬を煎じて、彼女のためのオーダーメイドの漢方薬を調合する。
 
診察室にいる間じゅう、彼女の藁わらをもすがるような視線が私のこころに突き刺さっていた。なんとか効果が出るといいのだが…。1年半以上にわたって彼女を苦しめてきた症状を少しでも改善してあげたかった。仕事・家事・育児だけでも大変なのに、重篤な病気までも背負わされているのである。私は祈るような気持ちで彼女の背中を見送った。
 
一ヶ月が経過して彼女が再び顔を出したとき、前回とは比べ物にならないくらいすっきりとした顔をしていた。何より、きちんと正面から私と目を合わせてくる。
 
「先生、おトイレの回数が1/3になったのです。血便の頻度も半分に。信じられません。初めて治療の効果を実感できたのです。」
 
潰瘍性大腸炎の患者さんは、9割近くが2~3ヶ月目に効果が出始める。彼女のケースは結果が出るのが非常に早かった。3ヶ月が経過する頃には、ほぼ普通の生活ができるまでになった。身体じゅうのむくみもすっかり取れた。その後は、今日現在に至るまで、漢方薬のみ毎月続けてもらい、隔月の頻度で胎盤組織(プラセンタ)の注射を行っている。
 
彼女の表情が、声が、こころが、日増しに生気を取り戻していくのがよくわかる。あれほどまでに苦しみ追い込まれていた患者さんが、本来のあるべき健康状態に返っていくのを見ることが、私の何よりの生きがいになっている。自分自身のことも含めて、医者なんて絶対のものではない。治せない、わからないのオンパレードである。

 でも、患者さんの病気を治せないばかりか、こころまで傷つけてしまう医者もいる。そんなつらい目に遭われた人たちに少しでも希望と勇気を与えられるよう、親切に、丁寧に、正直に、謙虚に、私は今日も比叡山に見守られながら診療を続けている。

(完)


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