感動する医者の話6

車道からハンドルを切ってクリニックの敷地内に入るとすぐ、紺碧の地にゴールドの文字をあしらった、患者さんたちには洋風で小洒落ていると好評の当院の看板がある。そのまわりを女郎花の黄色が鮮やかに包み込む頃、三重のほうから彼女はやって来た。年の頃は50代はじめ。ご主人とふたりのお子さんがいる。さらに会社勤めもこなすひとり3役である。こういう女性が厄介な病気まで抱えてしまったとしたら、その心持ちたるや、それはもう言葉には尽くせない地獄絵だとお察しする。
 
予約の電話では、1年半ほど前に三重市内の病院で、潰瘍性大腸炎の確定診断を受けているという話だった。が、その後の治療の甲斐なく、それはそれはつらい毎日を過ごしておられた。会社までの往復は、とくに大きな悩みになっている。いざという時にトイレを探していたのでは間に合わない。いつもの通勤経路上に20ヶ所以上、トイレの在りかを脳みそに刷り込んでいる。たまに満室状態だったりすると、間に合ったという安堵感があったぶんだけショックが大きい。彼女は、いつしか紙オムツで備えざるを得なくなった。
 
かなり前から、お腹に刺しこむような痛みが走ったり、下痢が続いたりして不安に思っていたそうだ。そしてある日、職場で突然、腹痛と下痢がほぼ同時に起こったため、気になって帰宅途中に自宅近所の診療所に立ち寄った。
 
待合室にいるあいだにも、何度もトイレに行った。ようやく診察室に呼ばれて医師と話をしたが「気にすることはない」と言われ、薬を処方してくれただけだった。が、フラフラしながら薬局に向かう途中も、普段なら何でもない距離が異様に遠く感じられた。薬局で薬が出るのを待っているだけでもとても辛かった。
 
「もう、なんでなの?」
 
彼女は自分自身の身体を呪ったという。
 
その晩は何度もトイレに行ったものの、薬を飲んだ翌日は腹痛と下痢がなくなりホッとした。しかし数日後、下痢はなくなったものの便の色は赤く、下血していることは明らかだった。極限の不安にかられ再び診療所に出向くと、検査のためということで、市内では中規模の病院を紹介された。
 
病院はとても混んでいた。2時間以上待たされる間、何度も何度もトイレに行った。トイレの回数は日に日に増えてくる。ひどい時には、1時間の間に10回近いことさえあるのだ。診察の順番が来たときには、既にグッタリとしていた。医師からは慢性的な大腸炎ではないかと言われ、さらに「この病気は一生続くよ」とも。無神経にもほどがあると思えるようなその言葉に、彼女は奈落の底に突き落とされる。職場で勤務時間中に何度も離席して、他の職員から怪訝な目で見られている自分の姿が浮かんできた。目の前が真っ暗になる。

(続く)


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