NPO法人 二十四の瞳
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感動する医者の話1

もう10数年も前のことになる。診察の合間、つかの間の休息に錦秋の比叡山を眺めていると、女性スタッフから声がかかった。かつて通院されていた女性からの電話だった。
実は折り入って相談があるとおっしゃる。なんでも娘婿の様子がおかしいと言う。
 
 「顔を合わせるたび胃薬をくれっていうのです。かれこれもう一年くらいになるものですから、一度病院で診てもらったらどうかと再三勧めるのですけど…。本人は歯医者として独立したばかりで、休むわけにはいかないと。3人いる子どもたちもまだ小さくて、いちばん上がやっと小学校に入学したばかりなものですから・・・。何か悪い病気だったらどうしようと心配でならないんですよ。どうしたものでしょうか???」
 
 受話器越しに、娘さんの家庭を案ずる親心がひしひしと伝わってくる。すがるような思いでこの電話をかけてきたにちがいない。一方、娘婿の立場になると、たかだか胃の調子が悪いからといって立ち上げたばかり歯科医院を簡単に休むわけにもいかない。開業当初の苦労は、私も経験しているだけに手に取るように理解できる。
 
この比叡山のふもとにあったログハウス調の喫茶店を買い取って、もう後戻りできないのだというプレッシャーのなかで開業準備に追われていた頃のことがフラッシュバックした。そしてつぎの瞬間、自然とこんな言葉が口をついて出た。
 
「それはそれは、ご心配なことでしょう。なんでしたら一度、往診に出向いてもよろしいですよ。」
 
そう言い終わるか終わらないかのうちに、お相手は神戸、私は大津であることを思い出した。でも、そんなことよりも、せっかく私を頼ってご連絡をいただいたこのご縁を受け入れるのが自然の摂理ではないかという気になっている自分がいた。患者さん本人が来られないのだから、自分が行くしかないではないか。
 
「ありがとうございます。何とかお願い致します。本当にありがとうございます。」
受話器を耳に押し当てながら、繰り返し深々と頭を下げているのが見えるようだ。恐縮しまくっているかのような相手を制して、早速、ご本人と協議して往診の候補日時を挙げてくれるようお願いして受話器を置いた・・・。
 
翌週、片道4時間をかけて神戸まで出向き、歯科医院の診療終了を待って血液検査を行った。腫瘍マーカーの数値を測るためである。身体のどこかに腫瘍ができると、血液中に、たんぱく質、酵素、ホルモンなどの特別な物質が増えてくる。それを測る簡易検査が腫瘍マーカーである。
 
腫瘍マーカーは、その数値によって、腫瘍の存在や、腫瘍が良性か悪性(がん)か、どの臓器にがんができているか等を絞り込むための検査だ。通常、その他の検査とのコンビネーションで行われる。また、悪性腫瘍の治療効果の測定にも用いられる。
 
しかし、逆に腫瘍マーカーの産生量が明らかに多いようであれば、この患者さんが進行性の胃がんであることはまずまちがいないだろう。電話をいただいた段階でそう推察された。だいたい、胃の不具合が1年も続くのは普通ではない。腫瘍マーカーが明らかな異常値を示したとき、彼は小さく頷いたように見えた。私は、神戸ではがん治療の最高峰とされる病院を紹介した。とにもかくにも精密検査を受けないわけにはいかない。
 

(続く)

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