手術

私も含め、自分の身体にメスを入れるということが、生理的にどうしても受け入れられないという人がいる。だが世の中の医者は、いとも簡単に「切りましょう」と言う。俗に「外科医の切りたがり、内科医の飲ませたがり」というが、例えばがんの場合、外科医には、がんにはまず手術という習性がある。なぜならば、「身体に悪いところがあれば切り取るのが外科医の仕事。手術はがん治療のプロフェッショナル・スタンダードで、がんと診断しておきながら何もしないというのは外科医の倫理に悖る」という教育を、長きに渡り受けてきたからだ。だから外科医は“取れるがんは取る”し、一方で知識や情報を持ち合わせていない患者側も、医者からそう言われたら、“がん治療の第一選択肢は手術”と信じて疑うことがなかったのだ。
3年ほど前、ご主人(84歳)が末期の大腸がんと診断され、慌てふためいて飛び込んでこられた女性がいた。すぐに摘出すれば成功の確率はほぼ100%だと言われたらしいのだが、当のご主人が死んでも手術だけはイヤだと言う。そこでご主人と会って話してみると、本人は痛くも痒くもないそうだ。84歳。日常生活の支障はまったくない。術後の人生のことまで含めて考えたら、どう考えても摘出手術のリスクのほうが高いに決まっている。私は、手術は死んでもイヤという直感は当たっている可能性が高いように感じると伝えた。

もうひとつ。77歳の女性が肝臓がんと宣告された。転移もひどく末期とのこと。しかしながら本人には何の自覚症状もなく、1年前の検査では異常なしだったという。相談していただいた時点で一切苦痛がないということなので、ちょっとじっくりと考えましょうということにした。そして、まずはセカンドオピニオン。これだけの重篤な診断結果だ。複数の専門医の見解を聞かずして手術するなどはもってのほかである。セカンドオピニオンの結果、末期がんであることが確定したが、次は治療法の選択である。これが相談者の今後の人生にとっての分岐点になる。結果的に、手術を勧めた医者が3人、手術反対が2人。最終的に彼女が選択したのは、こう伝えた医者の意見であった。「年齢的なことや広範囲への転移を考えると、まず摘出手術は絶対に避けるべきかと思う。例え手術が成功しても後々の生活がキツい筈。術後の放射線照射や抗がん剤投与は、いずれも非常につらい副作用の覚悟が必要になる。何より気分が悪くてどうしようもない場合が多い。現時点で痛みがないのであれば、そんなリスクを犯す必要もない。私のお袋であったらそう言います」。

基本的な考え方として、そもそもがんは生活習慣病。つまり、糖尿病や高血圧と同様、現代の西洋医学では根治できない病気である。がんのような内なる病気に対しては、根本原因を取り除かない限り、むしろ治療すればするほどがんの患者さんが死んでいくという傾向すらある。さて、結果的にこのケースは療法とも、患者さんが高齢という点を考慮して、食事、運動、適温維持等の生活改善で免疫力を高める工夫をしていくことになった。その結果、腫瘍マーカーの値にも改善が見られ、今でもにこやかに暮らしている。
●普通の医者 とにかく手術をする、という前提に立っている。後述の<ワンポイント・アドバイス>にある10項目について、患者や家族が求めれば一応説明はしてくれる。ただし、患者が納得できるまで相手をしてくれるかどうかは別問題。手術説明書は、強硬に求めれば何かしらは書いてくれる可能性が高い。
●良い医者 まずは現状を説明してくれた上で、手術しない場合はどうなるかも含めて治療法の選択肢を挙げてくれる。手術を勧める場合には、その必要性と有効性についてきちんと説明し患者と家族の理解を得る。納得が得られたら、10項目について、患者が納得するまで時間をかけて説明してくれる。適宜、紙に書いて渡してくれる。費用概算についても見積もってくれる。手術当日のビデオ説明も了承してくれる。
●悪い医者 医者から自発的に改めて詳細な説明をすることははない。あっても「いついつ、何時から手術をします」程度。10項目について患者が質問しても、回答率は2~3割程度。「心配ない」、「大丈夫」と繰り返しながら、万一不慮の事故があっても医者に責任を求めないという誓約書を差し出してくる。
 
<ワンポイントアドバイス:手術のチェックポイント>
医療事故は依然として増え続けている。いくら医者とはいえスーパーマンではない。人間がやる以上、ミスがゼロになることはあり得ない。そして、医療事故が疑われる場合であっても、必ずしも医者の対応というのは、患者からすると納得のいくものではない場合が多い。医者というのは政治家同様で、基本的に自分の非を認めないし、謝罪するということをしないと考えたほうがいい。そういう教育を受けていないのだ。何よりも先に自己保身や正当化に走る習性がある。患者側は、これを認識した上で、自分の命は自分で守るという意思と自覚を持つ必要があるだろう。
【手術前】
①主治医が勧める治療法がその病気の標準的な治療なのかどうか。
②他の手術法の有無。ある場合、各手術法の長所・短所。
③手術以外の方法(手術せずに薬で治す等)の有無
④主治医が勧める手術法の国内症例数と成功率 *「成功」の定義が極めて重要
⑤当該病院および執刀医の症例数と成功率
⑥手術の執刀体制(執刀医のプロフィール、麻酔医の有無、その他スタッフの氏名)
⑦手術が成功した場合の、退院後の生活イメージ
⑧術前・術後の治療計画
⑨手術自体の概要(どのような手術で、どれくらいの時間を要するのか)
⑩仮に主治医や家族が同様の状態に陥った場合、どこのだれに手術を依頼するか。
【手術当日】
①手術部位にはマジックで×印をつけてもらうべし
②かみそり剃毛は拒否せよ
③手術の立会いとビデオ収録を申入れよ
【手術後】
①術後の管理責任者は誰か
②手術所見を書いてもらう
③術後一ヶ月以内に死亡した場合は解剖を受けるべし
 
患者と医者の間で「手術の成功」についてのイメージが乖離しているために起こるトラブルが非常に多い。よって、「手術が成功した場合、術後の生活は具体的にどのようなイメージになるのか教えて欲しい」と尋ねることが重要。医者は問題箇所を摘出しさえすれば「成功」と考える傾向があるが、患者や家族にしてみれば、日々の生活の便宜がどうなるのかをしつこいくらい事前確認すべき。その上で、特に高齢の場合には、「手術しない」という選択肢も含めて比較検討することをお薦めする。


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