退院

NPOで相談活動をやっていて、毎年トップ3に入るテーマは決まっている。カルテ入手に係る折衝、セカンドオピニオンの段取り、そしてもうひとつが、「突然の退院勧告とそれに伴う転院先確保」の問題である。数日後に退院しろと言われたものの、自宅療養には不安があるので別の入院先を探す必要がある。そういうことだ。
ここで問題になってくるのが、多くの病医院が謳っている「地域連携」というやつである。ちょっと具体的な話をしてみよう。昨年末から年明けにかけて、3つの病院と交渉する機会を持った。相談者の家族が、入院先の病院から退院勧告を受けたものの、本人のみならずご家族も自宅に戻すにはまだ不安が残っていてどうしよう…という相談が3件ほぼ同時に発生したのだ。

交渉相手の内訳は、大学の附属病院、300床程度の民間病院、100床未満の民間病院である。こちらから先方に話した内容はほぼ一緒で、①本人またはご家族が抱いている不安 ②その上で退院時期の再調整依頼 ③転院先医療機関の紹介依頼 の3点。で、驚いたのは、3人の担当者が異口同音に「どうにもならない。また、転院先についても患者さん側で探してほしい」と回答してきたことだった。いゃあ、本当に驚いた。相手をしてくれた職員は、いずれも地域連携部門(正式名称は、地域連携室、医療福祉相談室)のスタッフである。

私は怒りを通りこして呆れながら尋ねた。

「ところで、こちらでいう“連携”って…、具体的な定義は何なのですか???」
回答1. 「私どもスタッフで地域の病医院さんや介護事業者さんをまわり、患者さんに質の高い医療や介護を提供しようとするものです。しかしながら、転院先のご紹介は基本的に主治医が行うもので、私たちが権限を持っているわけではないのです。今回は、申し訳ないですが、こちらで対応することは困難なのです。」
回答2. 「私たちの目指す連携とは、紹介・逆紹介の患者さんをしっかりと相手方にお返しするよう徹底すること…でしょうか。そのための調整や連絡を行っているのが、私どもの部署ということになります。」
回答3. 「介護が必要な患者さんに対して、地域の介護サービス事業者さんをご紹介しています。残念ながら転医については今後の課題ということで、実際の対応はまだできていない状況です。」
これではまったく質問の答えになっていない。まったくもって“患者不在”である。まぁ、患者本人ですら紹介状(患者情報提供書)に自分がどう書かれているのか見ちゃダメッ!という医療界だから、「世間の常識は医者の非常識」ということがあるかも知れないが…。
●普通の医者 ある日突然、回診時に「明後日退院です」などと言われる。直前(2~3日前)に言われた場合は、もっとお金になる別の患者のためにベッドを空ける必要が出たのだと考えればよい。ただし、体調的に不安があるようであれば転院先の確保を依頼すること。そうするとメディカルソーシャルワーカーなる職員が出てきていろいろ話を聞いてくれるが、何日かすると「ちょっとどちらも空きがないんですよねぇ。どうしても自宅では無理ですかぁ?」などと言ってくる。「それでは退院できない」と言うと、医者から首尾よく退院に同意させるように指示されている職員は困り果て、最終的には「いゃあ、うちのほうでは転院先まではご用意できないんですよぉ。何とかよろしくお願いします」などと、何をお願いされているのかわからないようなお願いをされたりする。
●良い医者 計画的に退院スケジュールを組んでくれる。退院当日の2~3日前には、医者と看護師等が患者とその家族に対して経過説明と退院後の生活指導を行ってくれる。また、転院する場合には、転院先を確保した上で、転院先からも看護師や専門スタッフを呼んで、引継ぎを行ってくれる。転院先に見舞いにまで来てくれることもある。
●悪い医者 退院2~3日前に突然、妙に明るく「さっ、退院です」などと言われる。仮に自宅復帰が不安な場合には、その旨告げると「検査結果ではもう大丈夫」と言われ、「でもぉ…」と食い下がると「気のせい」で片付けられる。徐々に不機嫌になる医者に転院先の紹介を求めようものなら、「うちはそんなことまでする義務はない」などと嘘をついて脅しにかかる。こういう医者は銀行の融資と一緒で、必要ないときには入院しろ入院しろと言い、肝心なときには退院しろ退院しろと言ってくる。
 
そもそも全国の病医院で『連携』なる言葉が使われはじめたのは、どういう経緯だったのか。時は2000年の第一次小泉内閣がぶちあげた“医療改革”にまで遡らなければならない。若干難しい話になるが、患者の権利を護るためには重要なのでちょっと我慢して欲しい。そこでは医療改革の基本的な考え方として、国民医療費抑制の手立てとして病医院の機能分化が掲げられた。

わかりやすく言うと、「これからは来た患者さんを何でもかんでも診るのではなく、自分の病医院がもっとも得意とする分野だけに特化しなさい。本来の守備範囲以外の患者さんは、地域の然るべき医療機関に渡しましょう。でもそうすると、これまではひとつの病院内での申し送りで済んでいたものが、別組織とのやりとりが必要になりますね。だから、患者さんに対する医療や介護の質が落ちないように、引渡しを円滑にする役割を担う組織を用意して、退院・転院する患者さんをサポートしてあげてくださいね」ということなのだ。これを受けて、その当時から、病医院のなかに『地域連携室』的な組織が続々と誕生してきて今日に至っているのである。

つまり、病医院側の都合で退院勧告するのであれば、転院先の紹介と申し送りをキチンとやって患者さんやご家族の不安を取り除いてあげるのが本来の連携ということになる。しかしながら、この本質的な部分がすっかり忘れ去られている現状があちらこちらで見られる。正面玄関前の看板で「うちは連携先がたくさんあるから安心ですよ」と言っておきながら、いざとなると「転院先は患者さんのほうで探してもらうことになっていますので」とホカるのであれば、金輪際、“連携”という言葉は使って欲しくない。ちなみに、3つの相談ケースのうち2件は退院時期の先送り、1件は私どもで転院先を確保した…。


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