遺産分割に係る一般的なトラブル

【概略】
山岸智恵子さん(仮名:90歳)には、ふたりの娘さん(65歳、61歳。いずれも未婚)がいました。昨春に千恵子さんが亡くなられ、相続が発生しました。病床につくまで非常に活動的で心身ともに健康であった智恵子さんは、遺言作成はおろか、遺産分割の検討も全くしていませんでした。

ただ、長女のAさんはNPOの会員でもあり、智恵子さんとおふたりで顔を出される機会も多く、「何かあったら後はすべてAに任せる。Bは四国へ行ったきり音沙汰もないから」と口にされていたのを私どものスタッフが記憶していました。そこで私がAさんの相談に関わることになりました。まずは、現状認識をしてもらう必要があるのでおおまかな財産評価と相続税額の計算をし、Aさんの希望によりBさん(相続人はお二人のみ)にこれを伝えました。お住まいはあまり都市化されていない地域で、好立地とも言えないため路線価は低かったので、相続総額は2千万円ほどになりました。うち預金等の現金は200万円程度しかありません。

Aさんの考えにも配慮した上で、Bさんへの報告のなかには、「家屋と土地の一切はAさんが相続し、本家を維持するためのコストを鑑み、預金は折半する方向で考えたい」と記載しました。が、しばらくするとAさんに対し、Bさんから、『私には現金で1,000万円を支払って欲しい』と通知が届いたのです。相続人はAさんBさんのおふたりだけでしたから、法に定められた相続分を請求して来た訳です。


このケースの問題点を考えると、Bさんには2千万円という結論しか見えておらず、単純に(2千万円×1/2)という計算をした、ということです。魅力的な立地でない上に不動産市場も芳しくない時期であることを考えれば、売ろうにも売れないというのが実情です。明らかにBさんは現実が見えていませんが、実は相続人とはこういうものかも知れません。それでは、なぜBさんには現実が見えなかったのでしょうか?

簡単に言うと、Bさんには何の予備知識もなく、いきなり2千万円(あくまでも評価額)を見てしまったのです。私どもの会員の中にも、『相続財産の価額を子供たちに教えると、子供たちが当てにしてしまうから』という方がいるのですが、これは違うと思います。親が遺産分割案(想定している相続の配分)をきちんと子供たちに伝えていれば、財産価額を教えても問題にはなりません。子供たちは分割案に書いてある自分がもらえる分までしか当てにしないはずです。

逆に、分割案がないとすれば、民法で決められた相続分を当てにしても不思議ではありません。これでは、子供たちの争いの種を作るようなものです。また、分割内容についても、特定の子供がもらえる財産が極端に少ないなどということがなければ、あるいは、親の遺志を理解することができれば、多少財産が少なくても納得するものだと思うのですがいかがでしょうか。


【対策】
遺産分割の話し合いがまとまらない。つまり、いわゆる「相続争い」や「遺産争い」には、だいたい下記のような原因が存在しています。
■遺産の内容を自分に教えてもらえない
■遺産の内容について、相続人同士の認識が食い違っている
■遺産分割の割合に納得いかない
■自分の欲しい財産がもらえない
■相続人以外の人が遺産分割に割り入って、かき回している
■寄与分や特別受益を主張する人がいる
■感情的になってしまっている

こんな場合の対処法ですが、まずはしっかりと遺産調査を行うことです。具体的に言うと、『故人名義預金口座の残高明細及び取引経過の開示請求』を想定される金融機関に行うことです。かつては金融機関から、「共同相続人の一人に被相続人名義の預金口座の取引経過を開示することは預金者のプライバシーを侵害し、金融機関の守秘義務に違反する」として拒否されることがありました。

しかし現在は、民法の改定がなされ、相続人は被相続人名義の預金口座の残高明細及び取引経過の開示を単独で請求出来ます。他の共同相続人全員の同意がないことは上記権利行使を妨げる理由にはなりません。金融機関の担当者によっては、このことを認識していない場合もありますが、まちがいありません。これが明らかになることによって、遺産の内容をしっかりと共有できさえすれば、遺産分割協議の第一歩を踏み出すことができます。


遺産調査の後は、2つの進め方があります。ひとつは、「話し合いでの解決を目指す方法」。
もうひとつは、「裁判手続により進める方法」です。

話し合いでの解決を目指す場合、どうしても方法遺産分割の基準となる法律を知らないために協議が進まないケースが多くみられます。しかし、仮に調停や審判になってしまった場合の弁護士費用は、遺産総額の数%~十数%にもなります。遺産総額が数千万円なら、弁護士費用だけで数百万円にもなる計算です。非常にもったいないですよね。また、協議が調わなくて家庭裁判所の審判になる場合、基本的には法定相続分を基準に分割される場合が殆どです。つまり、当事者がお互いに意地を張るだけ時間の無駄ということです。

■仮に弁護士に頼んだ場合の裁判費用は、非常に高額になる
■弁護士に頼んでも、結局は法定相続分での分割になる可能性がある

という前提を踏まえれば、冷静に話し合って譲るところは譲ったほうが、お互い時間もお金もかけなくてすみますよね。こうしたことを丁寧に根気よく説明することで話し合いがまとまるケースを多く見てきました。

しかしながら、ある程度の説得を試みてもどうしても相手方相続人が納得しないという場合には、いよいよ裁判手続をもって強行的に進めるしかなくなります。裁判手続を進める場合には、大きくは3つの方法が考えられます。

■自分でやってみる
■司法書士に書類作成を頼んでみる
■弁護士に代理を頼んでみる

証拠もあって、客観的にあなたが正しい事案なら、わざわざ弁護士に依頼するまでもなく、弁護士または司法書士に書類作成を依頼すれば勝訴できる可能性があります。しかし、証拠がない事案や、判例でもどちらの言い分が正しいのかが微妙な事案では、最初から弁護士に依頼したほうが良いでしょう。

いずれにせよ、遺産分割がまとまらずにお困りの場合には安易な行動をせず、まずは信用のおける専門家に相談してみることです。独断専行で相手方に安易に連絡を取ってしまうと、その発言や送付物が原因で裁判に負けてしまう可能性もありますからご用心ください。

【ポイント】

このケースを受けて、私どもでは、(死を予感するまで待つことなく)元気なうちにこそ、遺言の作成をお勧めしています。極端な話、『子供たちが困らないように』という理由のみならす、『最後に言いたいことを言ってやる』とか、『私の面倒を見てくれない子には財産はあげないわよ』といった意思表示でも構わないと思います。遺言を残そうという意思を明確にすることで、否が応にも遺産分割案を考えなければならなくなります。

これさえ整理できてしまえば、遺言状という形をとらなくとも、家族会議のような場でお考えを明確に伝えることができるはずです。が、経験則からいくと、やはり書面にしたためておくほうがベターかもしれません。どんなに仲がよく見える身内であっても、いざお金の話になるや腹の探りあいやら諍いやらが起きてしまうものですからねぇ・・・。


なお、遺言状の作成を検討する段階で、やはり気軽に相談のできる専門家の目星をつけておいたほうがいいでしょう。効力のある遺言のためには、やはりお作法というものがありますからね。法律のプロであれば、弁護士よりは司法書士。司法書士よりは行政書士のほうが敷居も低く、費用も安いというのが一般的です。あとは社会福祉士。彼らは、医療・福祉・葬儀・法律・お金など、長生きしていれば誰しもが通る道についてのゼネラリストです。相談の最初の入口としては最適かもしれません。概ね人当たりもいいし、法外な相談料も要求しませんからね。


NPO法人 二十四の瞳
医療、介護、福祉のことを社会福祉士に相談できるNPO「二十四の瞳」
(正式名称:市民のための医療と福祉の情報公開を推進する会)
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