故人の銀行口座の解約・引き出し
この男性は長谷部直樹さん(仮名)65歳。94歳で他界した実父・恒美さん(仮名)が息を引き取った介護施設のクローゼットから件の銀行の預金通帳と印鑑が見つかった。残高は約70万円。葬儀等、当座の費用にこれを充てようとしたのだが、父の死亡を伝えたところ行員から「待った」がかかったのだ。行員の埒の明かない対応に、直樹さんの声が次第に大きくなる。
「なんで自分のお金が下ろせないんだ?必用な時に下ろせないなんて、銀行の意味がないでしょ? だいたい、預金をする時にだってそんな説明聞いてないぞ!何とかしてくれよ!」
「申し訳ありません。お亡くなりになった方の名義の預金口座を解約するには、これからご説明する書類を揃えていただく必要があるのです。まず、亡くなられた方の戸籍謄本をお生まれからお亡くなりになられた時まで時系列にわかるようにご用意ください。何度か本籍を移されている場合には、その全ての戸籍謄本が必要になります。それから・・・」
「なんでそんな面倒なことをしなきゃならないの。このお金は親父が、葬式の費用にって残してくれたものなんだよ。ここに届出印と通帳があるんだから、すぐに解約してくれたっていいでしょお!」
「誠に申し訳ありません。所定の書類をご用意いただかないと、お引き出しもご解約もできないのです。」
「田舎から謄本を取り寄せたりしてたら何日もかかっちゃうでしょ。長いこと入院していたから病院への支払いもあるし、いろいろな事情があって、今日どうしても必要なんだよ。親父が残してくれたお金を銀行が勝手に取り上げる権利なんてないでしょ!他に立て替えるお金もないのよ。私にサラ金から借りて来いとでも言うのか!」
【対策】
現役時代には中小企業ではあるものの総務課長を務めたこともある直樹さんは、無駄な費用をかけないようにと翌日から奔走した。が、新潟で生まれ、静岡・栃木・東京と転々とした恒美さんの戸籍謄本集めでギブアップせざるを得なくなった。NPOの会員から直樹さんの相談に乗ってあげて欲しいと依頼され事情を聞いてみると、相続対象は直樹さんの他には90歳の実母のみであった。
遠隔地の自治体から郵送で戸籍謄本を入手することも考えたが、自宅と土地も恒美さん名義であることが判明。不動産まで含めた相続財産すべての名義変更を一気に片付けてしまうことを提案した。高齢の母親の意向も確認した上で、一切合財を直樹さん名義にすべく、然るべき行政書士をご紹介した。結果的には、相続財産の合計が2,000万円強。行政書士への支払いは10万円ちょっと。他に、役場に納める戸籍取得手数料、登記にかかる登録免許税、郵送代などの実費が発生した。
【ポイント】
逆に、生前から被相続人と良好な関係があるのであれば、代理で預金の引き出しに出向くこともあろうというものだ。キャッシュカードの暗証番号さえわかっていれば、何も被相続人が亡くなったからといって即効で銀行にその旨伝える必要もない。当座必要となるお金は、それまでと同様に引き出せばいいだけの話である。ただし、定期預金の場合は簡単には引き出せない。やはり、最初から所定の手続きに則って動くべきだろう。
いずれにせよ理想形は、被相続人が元気なうちからすべての資産について引き継いでおくことだろう。タイミング的には、被相続人が現役引退したとき、65歳になったとき、子供が成人したときなどがきっかけになる。資産を継承するだけでなく、被相続人の月々の生活費の金額と受け渡し方法についてもきちんと話し合い、できればその内容を録音または書面に残しておく。私どもの会員には、今夜から即刻、相続対象の子供たちを集めて資産分割の基本方針を話して聞かせなさい、と口をすっぱくして伝えています。