“終の棲家”ビジネス成功の方程式(第2回)


前回は、国民年金のみに依存して暮らしているシニア層に“終の棲家”を提供しようという病医院経営者に期待すると書いた。この層の受け皿を実現できるのは病医院経営者しかいないと断言してもいい。その意味では、最近の高齢者専用賃貸住宅(以下、高専賃)ブームは歓迎すべきかも知れない。

しかしながら、医療法人による高専賃が解禁されたものの、今日現在、まだまだ病医院経営者が自ら運営する高専賃は数えるほどしかない。市場を牽引しているのは、住宅メーカーや不動産等の建物系企業やコンサルティング会社であろうか。

だが、自分の親を入れる“終の棲家”をイメージすれば、やはり、日常的な医療も、万一の場合のセイフティーネットも欠かせない。だからこそ、医療機関のみなさんに事業主体になって欲しいのだ。

入居者の立場から言えば、「建てたら終わり」という人が作ったものと、「入ってもらってからもサービスを提供し続ける」人が作ったものと、どちらに自分の大切な親を入れたいかということ。これはもう論を待たない。


先行物件のアキレス腱
さて、現在の日本においてもっとも必要とされている『国民年金生活者向けの“終の棲家”』と言えるものは、全国を見てもほとんど存在しない。手元にある新聞・雑誌を眺めても、どれもこれも国民全体のコンマ数%を対象としているとしか思えない高額物件ばかりである。

事業主体は、ゼネコン、建設・住宅系企業が多い。彼らの多くは建てるのが仕事であるから、立派なハードウェアをこしらえてキャッシュが手に入れば大成功だ。困るのは、運営を維持していかねばならない医療や介護サービスを担う会社である。地域によっては周囲の景観から浮いてしまいかねないような豪華な施設である。

いわゆる開設景気が、百貨店と同様で1年持てばいい方だ。居室当たりの契約料が高い上、そもそも資産家と呼ばれる人たち自体が少ないわけだから入居者確保は大変である。金融機関への毎月の返済は待ったなしだから、稼働率8割が維持できないと悲惨な結果が待っている。知った顔の職員がひとりふたり辞めていったら、経営状態は深刻だ。

地域貢献意欲の高い土地オーナーも地元の医師も、そして、一括借りして運営に当たる介護事業者も、できたらあまりきらびやかな話には乗らない方がいい。目指すのは決して不動産ビジネスではないのだから。

ところが実際には、事業計画を検討する過程で、その土地柄も、医療も、介護も知らない人たちのビューティフルな話に乗っかってしまう医療経営者が多い。こうした悲劇を未然に防ぐために、私どもが一役買えればと願っているわけだ。


“終の棲家”ビジネス成功の方程式
前回お伝えしたように、“終の棲家”ビジネスは「経営の質」と「顧客満足」の両面から考えなければならない。まずは「経営の質」だが、『経営の質=入居率×重篤度×サービス利用率』と表すことができる。

①入居率:多くの先行物件を調べてみると、なんだかんだ言ってもやはり入居者確保が悩みのタネだ。しかし、病医院経営者が事業主体となる場合には悲観する必要はない。それは、診察室でリサーチなり営業なりができるからだ。患者や地域の人たちと良好な関係ができていれば、向こうから勝手にニーズやウォンツを喋ってくれるものだ。

もちろん、医師のみならず看護師以下のスタッフすべてが情報収集源となることは言うまでもない。私どもでは、基礎計画の段階で、想定居室数の半分以上、具体的な入居者を特定できることが事業成功の大前提とご指導させていただいている。


②重篤度:竣工までのマーケティング活動でもっとも重要なのが、居室数以上の申込者を確保することである。目標としては、居室数の1.5倍。理由は、要介護度・障害度(障害者手帳の級数)・医療必要度を勘案しながら入居者をピックアップするため。“終の棲家”を舞台としたビジネスの収益源は、医療と介護と家賃である。然るに、在宅医療と居宅介護の両サービスの利用量が多い人に入居してもらうのが望ましいことは明らかである。

③サービス利用率:サービス利用率は、ケアマネジャーがプランしたサービスを、入居者がそのまま受け入れて契約してくれることが理想である。これは、事業主体である病医院のトップ・医師・ケアマネジャー・看護師らと入居者の信頼関係に依存する。

経験から言うと、①で解説した、診察を通して入居に至った人たちの介護サービス利用率はまず90%を下回らない。

 
そして、重要なのは①②③が足し算ではなく掛け算であるという点を付け加えておく。

次回は、“終の棲家”ビジネス成功のもうひとつの要素である『顧客満足=在宅医療×ケアマネジメント×リスクマネジメント』についてお話しする。

これはもう、ゼネコンや建物系企業では、仮に連携する医療・介護事業者を見つけてきたとしても、絶対に実現できない部分である。言い換えれば、「経営の質」に対して、「サービスの質」となるキーファクターなのだ。

“終の棲家”ビジネス成功の方程式(第1回)

わがNPOが認証を受けて、ちょうど丸4年が経過した。地域の高齢者団体や民生委員等を中心に、利用者視点でさまざまな情報収集や市場調査を行ってきたが、今回のテーマ“終の棲家”について再認識させられたのが『標準的な高齢者のための最後の生活場所がない』ということだ。この、わが国最大の課題解決の具体的方法論を5回にわたってお届けしたい。

仕掛人は必ず富裕層モデルから入る

まず前提条件を述べる。標準的な高齢者とは、国民年金だけに依存して生活している高齢者と定義する。地域医療でプライマリーケアを担っている医師であれば、日常的に診察室で向かい合っている高齢患者の8割がこの層であろう。巷には“終の棲家”を標榜する多くの物件が存在する。

現時点で全国に50万戸程度と推測される。が、そのほとんどが国民の1%すら該当しない富裕層を対象としたものである。医療や福祉の専門誌に紹介されている“すばらしい物件”は、すばらしいがゆえに入居者側に多大な経済負担を強いている。入居率が上がらず運営を担う企業は苦闘している。その頃、“建てたひと”(ゼネコンや建築系企業等のデベロッパー)は次の獲物の料理にかかっている


地域医療ドクターに期待する大衆層モデル
病医院経営者には、日頃交流している地域の標準的な生活者たちのための“終の棲家”を是非とも作って欲しい。具体的に言うと、『医療経営者が運営する、基礎年金暮らしの人でも検討の土俵に乗るような価格帯の“終の棲家”を、入居者にとって住み慣れた地域に作って欲しい』のだ。そして、これを事業として成功させることができるのは病医院経営者以外にはいないと思っている。

ここで言う“成功”とは、採算が取れるという意味での「経営の質」と、入居者が納得するという意味での「顧客満足(生活の質)」の両立を指す。全国的に話題の物件を実際に見てみると、事業として“成功”している物件にはなかなかお目にかかれないものだ。

 
そこで、『“終の棲家”ビジネス成功の方程式』の回答を先に示しておこう。まずは“成功”のひとつの側面である「経営の質」だが、『経営の質=入居率×重篤度×サービス利用率』となる。“成功”のもうひとつの要素である「顧客満足度(生活の質)」は、『顧客満足=在宅医療×ケアマネジメント×リスクマネジメント』となる。

そして、成功確率をさらに高めるための要因が2つ。「ごくごく普通のサービス内容を貫く」ことと、入居者や家族の「事前期待を下げる」ことである。

罪作りなゼネコンやマスコミのアプローチ
これまでの“終の棲家”ビジネスの流れを見ると、特養がダメなら、やれ有料老人ホームだ、特定施設だ、今度は高専賃だ…といった具合に、業態や建物の呼称から火がつき、その度に病医院経営者は新しい概念について学ぶためにセミナーに参加したり、事務長に採算の見通しをシミュレーションさせたりを繰り返してきた。

実にプロダクトアウトな発想で、事業はハードから入っては成功確率が低い。どうも、ゼネコンや建物系企業、マスコミ、コンサル等が煽ったブームに踊らされてしまって、自分の患者や地域のために何を提供すべきなのかという、肝心のソフトの部分が置き去りになっている感が否めない。

本来、ソフトが明確になれば、それを具現化するのに相応しい業態が自ずと決まっていくものだ。結局はトップである病医院経営者が何をやりたいのかということであって、この業態でないと利益が出ないなんてことはない。そこを創意工夫するのが経営というものではないだろうか。


出発点は、誰がための“終の棲家”?
例えばホテルなら、シティホテルもあれば、ビジネスホテルやカプセルホテルもある。リゾートホテルもあれば、旅館もあり、コテージやコンドミニアムもあれば貸別荘もある。確かに時代的に旬のものというのはあるかも知れないが、もっとも重要なのは、アナタがやろうとしている事業は誰に喜ばれたいのか、誰をエンタテインするのかということである。

診察を通じて、「こんな人たちの老い先の不安を減らしてあげたいな」と思えるような患者たち。それこそがアナタが着手する「終の棲家」の具体的な入居者像になるわけだ。私どもNPOは、国民年金のみに依存して暮らしているシニア層に終の棲家を提供してくれる病医院経営者を積極的に応援していきたいと考えている。

個人金融資産が国民全体で1400兆円あろうが、シニアの預貯金平均が2000万円以上あろうが、現場感覚からすれば、最低限の基礎年金に依存しているひとが8割。パイとしてもっとも大きなこの層に最終的な生活の場を提供できれば、特養でも老健でもホームでも高専賃でも、別に、そんな名称はどうだっていいのである。

この点に気づいてもらった上で、現業の延長線上に位置づけられる“終の棲家”ビジネスの可能性について、次回以降お届けしていきたい。

韓国にも引けをとる日本の医療


韓国の病医院のオペレーションは予想以上に進んでいる。韓国の主要病院は徹底したデジタルホスピタル志向でフィルムレス、ペーパーレスを実現している。

レントゲン写真、心電図などは、コンピューターによって集中管理、データベース化されている。入院記録、看護記録、カルテなども一切紙は使わない。

患者側も自宅のパソコンから自身のカルテを照会できることはもちろん、携帯電話から診療の予約をすることも可能である。日本が躓いた電子カルテの仕様まで標準化されている。ITによるネットワーク化が整備されているため、病診連携、病病連携も極めてスムーズだ。

ただし、勤務医にとって頭の痛い問題もある。「経営から人事管理まですべてIT化されているので、医師ごとの売上や患者に対する診察時間のかけ方などが記録として残ってしまう。気を抜くひまがない」というのがそれである。

つまり、個々の医師の生産性が一目瞭然になり、当然、給料の査定にも跳ね返ってくるわけである。いずれにせよ、病院のデジタル化で経営の合理化がかなり進んでいることはまちがいない。


日本と比べて病院の合理化が進んでいる理由はなんなのか。考えるほどに、韓国の国民性や国としての戦略の違いに行き着かざるを得ない。

韓国にしても、日本と同様、高齢化の到来と疾病構造の変化(感染症から生活習慣病へ)への対応が最大の課題。高齢化し、慢性的な生活習慣病が増加するなかで、急速に膨れ上がる医療費を既存システムで対応することはできない。韓国では今、どうやって利用者側の支払能力を上げるかということについて盛んに検討が行われている。日本とは大違いである。


世界一の長寿国となった日本だが、その医療制度は時代の変化に対応できていない。医療費高騰に対し、診療報酬の切り下げや病床の規制・廃止によって、「いかに医療費を下げるか」というアプローチ一辺倒だ。

韓国のように「いかに支払能力を高めるか」については何の議論もなされず、混合医療解禁にちょっとでも触れると、米国映画“シッコ”の例を持ち出して、やれ「不平等」だの「弱者切り捨て」だのと、それ以上の検討に踏み込めない。

韓国の病院の経営母体としてもっとも多いのが営利企業。患者はどこでも好きな病院に行って必要な医療サービスを手にすることができる。しかし、病院によって価格や自己負担金額は異なる。

病院側の経営努力や利用側の選択肢も考慮しながら、国からの医療財源と個人の財源(貯蓄)を視野に入れて解決策を探るという発想の転換をしない限り、わが国の医療制度改革に出口はないのではないか。遺憾ながら、国の経営も病院の経営も、韓国に学ぶべき点は多そうだ。

高齢者住宅ビジネス事情

高齢者住宅のビジネスの歴史を見ると、特養がダメなら、やれ有料老人ホームだ、特定施設だ、今度は高専賃だ・・・といった具合に、実に発想がプロダクトアウトだ。事業はハードから入っては成功確率が低い。
 
誤解を恐れずに言えば、どうも、マスコミ、コンサル、不動産屋、住宅屋が作ったブームに踊らされてしまって、患者さんのために何を提供すべきなのかというソフトが置き去りになっている感が否めない。
 
例えば、ホテルならシティホテルもあれば、私みたいにしがないビジネスマン用のビジネスホテルやカプセルホテルもある。リゾートホテルもあれば、旅館もあり、コテージやコンドミニアムもあれば貸別荘もある。

結局はトップが何をやりたいのかということであって、この業態でないと利益が出ないなんてことはない。そこを創意工夫するのが経営ということではないだろうか。 

確かに時代的に旬のものというのはあるかも知れない。小売業で言えば、パパママストアから始まって、百貨店、量販店、CVS、専門店ときた。これは商品という切り口から見た業態の変遷だが、いまの時代は顧客の切り口から見た専門化が重要だろう。

要は、誰に喜ばれたいのか、誰をエンタテインするのかということ。で、日本の都市部に必要なのは、国民年金のみに依存して生活しているシニア層向けの終の棲家である。

事業の評価軸としては、『収益の最大化(経営の質)』と『顧客満足の最大化(経済負担まで含めた生活の質)』。最終的に制度リスクを低減しようとすると、『収益の最大化(経営の質)』を実現するには、一切の縛りのない一般賃貸に行き着くのである。

で、医療と介護と賃料のトリプルインカムを実現する。これは、どう転んでも医療機関にしか実現できない。事業目的が円滑に達成できるのであれば、特養でも老健でもホームでも高専賃でも、別に、そんな名称はどうだっていい。

 

こういった層の受け皿を増やしていくという意味では、数年前からの出回り始めた高専賃(高齢者専用賃貸住宅)は歓迎すべきかもしれない。ただ、自分の親を入れる「終の棲家」をイメージすれば、やはり、日常的な医療も、万一の場合のセイフティーネットも欠かせない。だから、医療機関のみなさんに事業主体になって欲しい。


大手住宅メーカーと話を進めていくと、『収益の最大化』では一致するのですが、『顧客満足の最大化』でつまづくことになる。つまり、顧客満足の要である、医者なり医療機関を確保したり、啓蒙したりする時間を割くことに辛抱できない。それよりも、どうしても事業展開のスピートを重視してしまうわけだ。ここが営利企業のやるせないところ。
 
利用者の立場から言えば、「立てたら終わり」というひとが作ったものと、「入ってもらってからもサービスを提供し続ける」ひとが作ったものと、どちらに自分の大切な親を入れたいかということ。

が、残念ながら決断する医者が少ないから、結局、立てたら終わりというひと(営利企業)が作ったものが席巻しているのがわが国の現状。たまに、よし、やろう!という医者がいても、コンサルやゼネコンは、自分たちの成果が早く挙がる特定だのホームだのグループホームだのを強硬に推奨してきた。で、勉強してない医者たちは言いなりになってしまい、もっと価値の高いモデルがあるのに変な方向に行っちゃう。

 
一方、『顧客満足の最大化(経済負担まで含めた生活の質)』を追求すれば、「施設じゃないのに医療と介護と食事が付いてくる・・・」そんなモデルが求められて当然だる。つまり、医療に代表される老い先のリスクを最小限にしながらも、入居される方個々の生活の自由度を尊重する。

これが実現できるのは、現在の法制度下では医者しかいない。

真の“終の棲家”を実現できるのは医者だけだ!

認知症の父の受入れ先を探し回ったのは5年前のことだ。当時、推定150万人の認知症患者のうち1割に当たる“他人に迷惑を及ぼす可能性のある”認知症だった父の行き先はなかなか決まらなかった。

自宅での介護生活の間に、母は2度救急車で運ばれた。最初は極度の疲労とストレス、二度目は父の暴力による眼底等の骨折が原因だった。都内6ヶ所の施設等に体験入所したが、3ヶ所は予定の半分も持たずにサジを投げられた。

施設側の言い分は、「他の入居者に迷惑が及ぶ危険性が高い」、「ヘルパーが24時間、つきっきりで居なければならない」、「認知症に対応できるスタッフがいない」というものだった。残りの3ヶ所はそれぞれ約1ヶ月もったものの、「日常的に医療体制が整った場所に入れるべき」、「可能な限りご家族がスタンバイしてくれるなら再検討する」、「夜間緊急時の対応に責任が持てない」という理由で断られた。

当時、父のためにいくつもの施設等を見て回るなかで気づいたことが2点。ひとつは、入居を断られたすべての施設のパンフレットやホームページに、若干表現の違いこそあれ「認知症でも受入れ可」・「24時間、安心の医療サポート」と謳われていたこと。

もうひとつは、「入居一時金なし~600万円、月額自己負担金(医療・介護は除く)15万円~38万円」の幅と、実際に提供される医療・介護サービスおよびスタッフの質に相関関係はないということである。結局、お金の高さは建物・内装・調度品などのハードウェアに比例するというのが実感だった。

ちなみに、わがNPOが今春実施した調査によれば、入居者側の施設選定基準は、上位から、
①医療・介護サポート ②金額(明朗会計) ③日常の生活支援サービス ・・・となっている。

特に①と③については、施設側には、可能な限り具体的に、“誰が何をどこまでやってくれるのか”を説明する責任がある。一方で入居者側には、それを理解・納得して契約する責任が求められる。


医療法人でも高齢者施設・住宅に直接参入できるようになった今、ドクターには“誰のために、どのような住空間を提供するのか”をじっくりと考えて欲しいものだ。間違っても不動産ビジネスなどという意識は持って欲しくない。

建物系企業が持ち込んでくる話はハードウェアに比重を置きがちだ。彼らのビジネスは“建てる”ことであって、入居者のQOL向上ではないから当然の話ではある。

ここ数年、都市部を中心に一見して富裕層ねらいと見て取れる豪華な施設等が建設ラッシュだが、調べてみると運営会社は入居者確保に四苦八苦しているのが実態だ。建てた人(建てさせた人)だけが潤っているのが容易に想像できる。

だからこそ、建った後、彼らがいなくなった後も運営していかなければならないドクターたちには、誰に惑わされることもなく、自らが実現したい医療・介護サービスの提供のあり方について十分に吟味して欲しいものである。


NPO法人 二十四の瞳
医療、介護、福祉のことを社会福祉士に相談できるNPO「二十四の瞳」
(正式名称:市民のための医療と福祉の情報公開を推進する会)
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