緊急特別寄稿『ゼロリセット時代の病医院経営』


政変、天災、医療再編・・・。さぁどうなる?病医院経営!

相次ぐ天災や政変。従来の秩序は崩壊し、人々の価値観は変わった…。日本社会のあり方そのものがゼロリセットされることで、企業の事業観やビジネスモデルも大きく変わる。医療の世界も同様だ。いま病医院トップには、わが国の医療再編シナリオを注視するのに加え、この一大転換を大局的に捉えながら地域貢献と経営維持を両立させていくことが求められる。激変の時代を生き抜く一助としていただきたく、思いを伝えたい。


すべてがゼロリセットされる時代に問われる経営観
昨年12月以降、チュニジアの「ジャスミン革命」に端を発した市民による反政府運動は、アッと言う間にアラブ諸国に広がった。なかでもエジプトでムバラク政権が転覆した事実は、中東の多くの人々に「我々にもできるかもしれない」という大きな希望を与えた。また、オーストラリア北東部の大洪水、ニュージーランド・クライストチャーチでの大地震。その悲しみが癒える間もない3月11日、東日本大震災は起きたのである。M9.0の大地震とその影響による大津波は、沿岸部の多くの町から尊い生命と暮らしを一瞬にして葬り去った。さらに、福島第一原子力発電所の事故による放射能災害というおまけまでつき、まさに日本中が解決への出口を求めてもがき苦しんでいる状況にある。
人類には到底抗うことのできない大自然への畏怖、長きにわたり積み重ねてきたものが突然消え去ってしまう現実は、国民一人ひとりに劇的な意識変化をもたらした。今回の大震災を契機に、私たちの価値観や人生観は確実に変わった。自分にとって本当に大切なものは何なのか。悲しみのどん底にいる人たちのために、自分に何ができるのか。自分はなぜこの時代に生まれ、生かされているのか。そんなことを改めて自問自答した読者も多いのではなかろうか。従来の資本主義社会のベースにあった価値観が変われば市場も変わることは十分に予測され、医療界とて他人事ではない。地域の安心と安全のために自院は何をすべきなのか。病医院経営者には、改めてその経営観や事業観を真摯に見直すことが求められる。地域との共生や社会貢献が第一義となり、患者のための真の健康や幸せに貢献しない医療、透明性に欠けた提供者論理の医療は淘汰される時代がすぐそこまで来ていると認識したほうがいい。

医療再編シナリオの方向性
自民党政権時代の経済財政諮問会議、社会保障国民会議等でアウトプットされてきた地域医療再編シナリオでは、現行医療のムダな部分に投下されているリソースを本当に必要な医療分野に最適再配置する青写真が描かれている。これまで具体的には表現されずにきた「ムダな医療」の中身だが、どうやら医療提供者サイドへのインパクトを考慮してリリースのタイミングを測っている感がある。しかし、12年の診療報酬&介護報酬の同時改定以降、俎上に挙がった「ムダな医療」を淘汰するシナリオが着実に展開されることは間違いない。霞ヶ関や永田町では、かねてより35兆円超にも及ぶ国民医療費のうちかなりの金額が、さして意味のない医療に費やされているとの認識を持っていた。急性期医療における箱物と専門医の分散、慢性期医療における必ずしも有効でない検査・投薬・手術、救急搬送コストの問題等がそれである。02年以降、診療報酬の微少なマイナス改定が繰り返されたり、介護保険という高齢者医療向けの別の財布が作られたり、悪評高き特定健診・特定保健指導が導入されたり、さまざまな医療費抑制措置が講ぜられたものの、国民医療費は毎年1兆円ずつ増え続け奏功しなかった経緯がある。
2年毎の診療点数の微減だけでは状況は変わらない。そこで団塊世代(昭和22年~24年に生まれた世代)がすべて65歳以上となる2015年に照準を合わせ、形骸化した『健康日本21』に代わる国民啓発運動が準備されているとの噂も聞こえてくる。そこでは、がんをはじめとする生活習慣病を患った場合の、医療との然るべき接し方を国民に諭していくようだ。医療利用者側に情報提供することで、「医師に盲従するのではなく、自分の健康を守るために医療との距離感を勉強せよ」という教育を行っていくことが予想される。現在の後期高齢者と違い、自分の価値観に拘り、納得いかない限り購買しないという団塊世代の行動気質を見込んだ、いわば病医院からの患者剥がし作戦と言っていいだろう。

病医院経営の浮沈を握る地域との関係性
これが現実のものとなれば、従来と同じ価値観で医療を提供していたのでは患者単価ばかりか患者数まで減ってしまうことは明らかだ。特に全患者数の多くを高齢者が占める病医院、規模的あるいは機能的に中途半端な病医院では、この5年間でかなりの経営的ダメージを受ける可能性が高い。収益が落ちれば、職員の雇用を維持するためには何かしらの手を打たねばならなくなる。そこで、夜間救急、在宅医療、母子医療等、当該地域で本当に不足している分野にシフトせざるを得ない状況を作っていく…。これが15年に向けたわが国医療の再編シナリオである。霞ヶ関が描くあるべき地域医療の大きな方向性は、「大規模急性期病院の局所集中化」・「慢性期病医院の絞込み」・「在宅死インフラの整備」の3本柱となろうか。

この仮説の下で、病医院経営者が真っ先に取り組まなければならないのは、地域の人たちが健やかで幸せに暮らせるよう、自院が果たすべき使命を今一度再定義し、全組織を挙げて、それを然るべき相手に情報発信していくことである。情報武装した団塊世代が高齢者となれば、従来の医者と患者の関係は成立しづらい筈だ。そこでは上下関係ではなく、ともに症状改善や健康維持を目指すパートナーのような関係が求められよう。平成23年3月11日、時代はゼロリセットされた。病医院経営の原点は、患者や地域との関係を強化・深化させていくことである。その中から貴院ならではの価値を創り、それを具体的な業績に結びつけていくのが経営者の知恵というものだ。これからは、従来のような接遇改善やクレーム対応の域を超えた、経営意図を実現するためのコミュニケーションが病医院経営の切り札になると確信する。


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